平成22年1月19日判決言渡・同日原本領収裁判所書記官赤坂剛

平成16年(行ウ)第68号公金支出差止等請求事件

口頭弁論終結日平成21年6月23日

判決

当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり

主文

1. 本件訴えのうち,以下の部分を却下する。

  1. 被告千葉県水道局長及び同千葉県企業庁に対し,八ッ場ダムに関し,特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金,水源地域対策特別措置法12条1項1号に基づく水源地域整備事業の経費負担金,財団法人利根川・荒川水源地域対策基金の事業経費負担金の支出の差止めを求める部分のうち,平成21年6月23日までにされた支出に係る部分
  2. 被告千葉県水道局長及び同千集県企業庁長が国土交通大臣に対し八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認を同被告らに求める部分
  3. 被告千葉県知事に対し,八ッ場ダムに閲し,河川法63条に基づく受益者負担金の支出の差止めを求める部分のうち,平成21年6月23日までにされた支出に係る部分
  4. (被告千葉県知事に対し,八ッ場ダムに閲し,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長が特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金を支出するについて,これを補助するために行う一般会計から水道事業及び工業用水道事業特別会計に対する繰出の差止めを求める部分

2. 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。


3. 訴訟費用は,原告らの負担とする。


事実及び理由

第1請求

1. 被告千葉県水道局長及び同千葉県企業庁艮は,八ッ場ダムに閲し,次の各負担金を支出してはならない。

  1. 特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金
  2. 水源地域対策特別措置法12条1項1号に基づく水源地域整備事業の経費負担金
  3. 財団法人利槻ノート荒川水源地域対策基金の事業経費負担金

2. 被告千葉県水道局長及び同千葉県企業庁長が国土交通大臣に対し,八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実が違法であることを確認する。


3. 被告千葉県知事は,八ッ場ダムに閲し,次の各負担金及び繰出金を支出してはならない。

  1. 河川法63条に基づく受益者負担金
  2. 千葉県水道局長及び千葉県企業庁長が特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金を支出するについて,これを補助するために行う一般会計から水道事業及び工業用水道事業特別会計に対する繰出


4. 被告千葉県知事は,千葉県を代表して次の損害賠償請求をせよ。

 堂本暁子(平成15年9月10日から平成21年4月4日まで千乗県知事の地位にあった者)に対し,65億1474万3621円及びうち10億2274万7800円に対する平成16年8月27日から支払済みまで,うち54億9199万5821円に対する平成21年3月2日から支払済みまで,各年5分の割合による遅延損害金


5. 被告千葉県水道局長は,千葉県を代表して次の損害賠償請求をせよ。

(1)相原茂雄(平成15年9月10日から平成17年3月31日まで千葉県水道局長の地位にあった者)に対し,11億3953万8021円及びこれに対する平成17年2月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

(2)金親信一(平成17年4月1日から平成19年3月31日まで千葉県水道局長の地位にあった者)に対し,25億2546万5276円及びこれに対する平成19年3月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

(3)堺谷操(平成19年4月1日から平成20年3月31日まで千葉県水道局長の地位にあった者)に対し,14億5144万1305円及びこれに対する平成20年2月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

(4)山本修平(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで千葉県水道局長の地位にあった者)に対し,10億9844万6949円及びこれに対する平成21年2月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金


6. 被告千葉県企業庁長は,千葉県を代表して次の損害賠償請求をせよ。

  1. 椎名賢(平成15年4月1日から平成16年3月31日まで千葉県企業庁長の地位にあった者)に対し,7578万6231円及びこれに対する平成16年3月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
  2. 山口用一(平成16年4月1日から平成17年3月31日まで千葉県企業庁長の地位にあった者)に対し,1億6709万7089円及びこれに対する平成17年3月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
  3. 二野宮浮吉(平成17年4月1日から平成18年3月31日まで千葉県企業庁長の地位にあった者)に対し,5億8149万2792円及びこれに対する平成18年2月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
  4. 古川厳水(平成18年4月1日から平成19年5月31日まで千葉県企業庁長の地位にあった者)に対し,7億3336万4780円及びこれに対する平成19年2月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
  5. 吉田実(平成19年6月1日から平成21年3月31日まで千葉県企業庁長の地位にあった者)に対し,14億8301万7289円及びこれに対する平成21年2月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

第2 事案の概要

本件は,千葉県の住民である原告らが,国(国土交通省)を事業主体として,利根川水系吾妻川(群馬県吾妻郡長野原町)に現在着工中の八ッ場ダムの建設事業(以下「本件事業」という。)に関する負担金の支出等の各財務会計行為が地方自治法(以下「地自法」という。)2粂14項,同条16項,同法138粂の2,地方財政法4条1項,地方公営企業法17条の2第2項等に違反すると主張して,(∋地自法242条の2第1項1号に基づき,被告千葉県水道局長(以下「被告水道局長」という。)及び被告千葉県企業庁長(以下「被告企業庁長」という。)に対し,特定多目的ダム法(以下「特ダム法」という。)7条に基づく建設費負担金(以下「建設費負担金」という。),水源地域対策特別措置法(以下「水特法」という。)12条1項1号に基づく水源地域整備事業の経費負担金(以下「水特法負担金」という。)及び財団法人利根川・荒川水源地域対策基金の事業経費負担金(以下「基金負担金」という。)の支出の差止め,㈪地自法242条の2第1項3号に基づき,被告水道局長及び被告企業庁長に対し,八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認請求,㈫地自法242条の2第1項1号に基づき,被告千葉県知事(以下「被告知事」という。)に対し,河川法63条に基づく受益者負担金(以下「受益者負担金」という。),千葉県水道局長及び千葉県企業庁長が特ダム法7粂に基づく建設費負担金を支出するについてこれを補助するために行う一般会計から水道事業及び工業用水道事業特別会計に対する繰出金(以下「一般会計繰出金」という。)の各支出の差止め,㈬地自法242粂の2第1項4号本文に基づき,被告知事に対し,八ッ場ダムに係る公金の支出(ただし,本件における違法な財務会計行為は,支出命令を指すものである。以下,同号本文に基づく他の請求についても同様である。)を行った当時の千葉県知事であった者に対する損害賠償請求,㈭地自法242条の2第1項4号本文に基づき,被告水道局長に対し,八ッ場ダムに係る公金の支出を行った当時の千葉県水道局長であった者らに対する損害賠償請求,㈮地自法242条の2第1項4号本文に基づき,被告企業庁長に対し,八ッ場ダムに係る公金の支出に関する支出を行った当時の千葉県企業庁長であった者らに対する損害賠償請求をそれぞれ求めている事案である。


1. 関係法令の定め

  1. 特ダム法及び同法施行令
  2. 同法7粂1項は,ダム使用権の設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,建設の目的である各用途について,多目的ダムによる流水の貯
  3. 留を利用して流水を当該用途に供することによって得られる効用から算定される推定の投資額及び当該用途のみに供される工作物でその効用と同等の効用を有するものの設置に要する推定の費用の嶺並びに多目的ダムの建設に要する費用の財源の一部に借入金が充てられる場合においては,支払うべき利息の額を勘案して,政令で定めるところにより算出した額の費用を負担しなければならないと規定し,同条2項は,多目的ダムの建設に要する費用の範囲,負担金の納付の方法及び期限その他同条1項の負担金に閲し必要な事項は,政令で定めると規定している。
  4. 同法施行令9条1項は,上記負担金のうち同項2号に掲げる負担金以外の負担金の納付の方法及び期限は,毎年度,国土交通大臣が当該年度の事業計画に応じて定める額を,国土交通大臣が当該年度の資金計画に基づいて定める期限までに納付する旨定め,同法施行令11粂の3は,国土交通大臣は,負担金を徴収しようとするときは,負担金の額を決定し,負担金の徴収を受ける者に通知するものとする旨を規定している。
  5. 同法12粂は,ダム使用権の設定予定者のダム使用権の設定の申請が却下され又は取り下げられたときは,その者がすでに納付した同法7条1項の負担金を還付するものとするが,国土交通大臣は,基本計画を廃止する場合を除き,新たにダム使用権の設定予定者が定められるまでその還付を停止することができると規定している。
  6. 同法16粂2項2号は,国土交通大臣は,同法7粂1項の負担金を納付しないときは,ダム使用権の設定予定者の設定の申請を却下しなければならないと規定している。同法施行令14粂の2は,同法12粂の規定により還付する負担金の額は,ダム使用権の設定予定者の事業からの撤退により当該事業が縮小され又は当該事業に係る基本計画が廃止されたときに当該者に還付する場合,既に納付した負担金の嶺から当該者について同法施行令1条の2第2項又は4項の規定により算出した額を控除した額(当該者が既に納付した負担金の額が同法施行令1条の2第2項又は4項の規定により算出した額を超えない場合にあっては0)とする旨規定している。
  7. 河川法及び同法施行令
  8. 同法63粂1項は,国土交通大臣が行う河川の管理により,同法60条1項の規定により当該管理に要する費用の一部を負担する都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては,国土交通大臣は,その受益の限度において,同項の規定により当該都府県が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県に負担させることができると規定し,同法63条2項において,国土交通大臣は,前項の規定により当該利益を受ける都府県に河川の管理に要する費用の一部を負担させようとするときは,あらかじめ,当該都府県を統轄する都府県知事の意見をきかなければならないと規定し,同条3項において,都府県知事が行う河川の管理により,当該都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては,当該都府県は,その受益の限度において,当該都府県が負担した当該管理に要する費用の一部を,当該利益を受ける都府県に負担させることができると規定し,同条4項において,都府県知事は,前項の規定により当該利益を受ける都府県に河川の管理に要する費用の一部を負担させようとするときは,あらかじめ,当該利益を受ける都府県を統轄する都府県知事に協議しなければならないと規定している。
  9. 同法64粂1項は,国土交通大臣が行う一級河川の管理に要する費用のうち,同法63粂1項の規定により利益を受ける都府県が負担すべき費用は,政令で定めるところにより,国庫に納付しなければならない旨規定している。
  10. 同法施行令38粂は,国土交通大臣は,その行う一級河川の管理に要する費用の負担に閲し,同法63条1項の規定によりその費用を負担すべき都道府県に対し,その負担すべき額を納付すべき旨を通知しなければならない旨を規定している。
  11. 水特法及び同法施行令
  12. 同法12条1項は,水源地域整備計画に基づく事業(以下「整備事業」という。)がその区域内において実施される地方公共団体で当該事業に係る経費の全部又は一部を負担するものは,,政令で定めるところにより,同項1号(指定ダム等を利用して河川の流水を水道,工業用水道又は発電の用に供することが予定されている者),同項2号ホ(指定ダム等の建設により洪水等による災害の発生が防止され,又は洪水等による災害が軽減される地域の全部又は一部をその区域に含む地方公共団体)及び同号イないしこに掲げる者と協議し,その協議によりその負担する経費の一部をこれに負担させることができる旨を定めている。
  13. 同法施行令9条は,整備事業についての負担の調整は,指定ダム等の建設の目的,指定ダム等の建設により関係当事者が受ける利益その他の諸般の事情を勘案して,関係当事者の負担の衡平を図ることを旨として行うものとする旨を規定している。

2. 前提事実(証拠等の記載のない事実は,当事者間に争いのない事実である。)

  1. 当事者等
  2. ア. 原告らは,いずれも千葉県に居住する住民である。
  3. イ. 被告水道局長及び被告企業庁長は,地方公営企業法に基づき千集県が経営する水道事業(被告水道局長の場合について)及び工業用水道事業(被告企業局長の場合について)に閲し,その業務を執行し,かつ当該業務につき千葉県を代表する権限を有するものである。
  4. ウ. 被告知事は,千葉県の執行機関であって,千葉県の財産を管理する一般的権限を有するものである。
  5. 本件事業の概要
  6. ア. 八ッ場ダムは,国土交通省(旧建設省。以下「国交省」という。)を事業主体として,群馬県吾妻郡長野原町にある利根川水系吾妻川に設置される,治水,利水等を目的とする多目的ダムである。
  7. イ. 本件事業は,昭和22年9月のカスリーン台風による利椴川の氾濫を契機として,建設省(当時)が,昭和24年2月に利掛Il改修改定計画を策定し,昭和27年5月に予備調査を開始したことに端を発し,平成9年法律第69号による改正前の河川法16粂1項に基づく「利根川水系工事実施基本計画」及び上記改正後の同法16条1項に基づく「利根川水系河川整備基本方針」に位置付けられるとともに,水資源開発促進法4条の規定に基づき,昭和51年4月16日の閣議決定を経た「利根川水系及び荒川水系における水資源開発基本計画」において,利棍川水系における新規水源開発事業の1つとして位置付けられたものである(乙8)。そして,平成11年法律第160号による改正前の特ダム法4粂1項,5項に基づき,昭和61年7月10日に,八ッ場ダムの建設に関する基本計画が告示された(昭和61年建設省告示第1284号)(乙11)。同基本計画につき,平成13年9月27日に第1回変更(乙12),平成16年9月28日に第2回変更(乙13),平成20年9月12日に第3回変更(乙392)が行われた。
  8. ウ. 千葉県知事は,特ダム法15条に基づき,八ッ場ダムの使用権の設定申請をし,上記基本計画においてダム使用権設定予定者と定められた(乙11)。その後,建設大臣(現国土交通大臣)の特ダム法4条4項及び5項の規定による照会に基づき,千葉県知事は,千葉県知事及びダム使用権の設定予定者である地方公営企業(千葉県水道局及び千葉県工業用水局(現千葉県企業庁))を設置する者として,昭和61年7月10日の八ッ場ダム建設に関する基本計画の作成,平成13年9月27日の第1回変更,平成16年9月28日の第2回変更,平成20年9月12日の第3回変更について,いずれも県議会の議決を経て,異議のない旨又は要望を付して異議のない旨回答した(乙14の1ないし乙22の3,乙316の1ないし乙318の3)。
  9. エ. 八ッ場ダムによって開発される水利権(水道用水及び工業用水の取水量)は,1日最大191万8800ポであり,このうち千葉県の水道用水として1日最大12万6100㎥,工業用水道として1日最大4万0600㎥の設定が予定されている(乙29)。
  10. 千葉県の水道事業の概要
  11. ア. 千葉県における上水道事業については,地方公営企業である千葉県水道局,県内56市町村のうち36市町村及び5つの企業団等の一部事務組合が,給水区域の住民に対し水道水を供給しており,千葉県水道局の給水区域は,11市2町村に及んでいる(乙292)。千葉県企業庁は,地方公営企業として,7つの工業用水道を有し,平成20年1月において,契約企業は282社である(乙293)。
  12. イ. 千葉県の水需要予測について
  13. (ア)千葉県は,平成15年1月に,千葉県の水需要予測として「千葉県の長期水需給」を策定し(甲3,乙342の1ないし4),平成20年9月には,新しい千葉県の水需要予測として「千葉県長期水需給調査結果」を策定した(乙344の1ないし2,乙345)。千葉県水道局は平成13年7月6日付けで「長期水需要の見通しと供給計画について」(乙266)を,千葉県企業庁は平成14年8月2日付けで「工業用水に係る長期水需要の見通しと供給計画について」(平成14年3月に作成された「利収川水系及び荒川水系における水資源開発基本計画需給想定調査調査票」に基づき作成されたものと認められる。乙267)を作成し,千葉県が「千葉県の長期水需給」を策定する際に,提出した。千葉県水道局は平成20年5月12日付けで「長期水需給の見通しについて」(乙343)を,千葉県企業庁は平成20年3月27日付けで「長期水需給の見通しについて」(平成19年3月に作成された「平成18年度千葉県工業用水道調査委託報告書」に基づき作成されたものと認められる。乙356)を作成し,千葉県が「千葉県長期水需給調査結果」を策定する際に,提出した。国が平成207月に「利根川水系及び荒川水系における水資源開発基本計画」(以下,これを「第5次フルプラン」といい,他の同水資源開発基本計画を含めて「フルプラン」という。)を作成する際に,千葉県が提出した千葉県の水需要の予測は,「千葉県の長期水需給」である。
  14. 各支出の原因及び支出手続
  15. ア. 建設費負担金
  16. (ア)国土交通大臣は,千葉県の負担予定額及び納付期限を決定した上,これを千葉県に通知した(他の千葉県における利水者である北千葉広域水道企業団及び印族郡市広域市町村圏事務組合に対しても,納付の通知がされた)。
  17. (イ)千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は,別紙建設費負担金の支出摘記載(ただし,それぞれに対応するもの。)のとおり,それぞれ各期の納付金を国庫に納入した(千葉県において,建設費負担金の支出負担行為及び支出命令をする権限を本来的に有するのは,水道事業を所管する公営企業管理者たる千葉県水道局長及び工業用水道事業を所管する公営企業管理者たる千乗県企業庁長(地方公営企業法8条1項)であるが,支出負担行為及び支出命令の一部については,補助職員が専決を行っている。かかる支出命令を受けて企業出納員(地方公営企業法28条)が支出している。(乙232ないし乙234))。
  18. イ. 受益者負担金
  19. (ア)国土交通大臣は,千葉県の負担予定額及び納付期限を決定した上,これを千葉県に通知した。
  20. (イ)千葉県知事は,別紙受益者負担金の支出摘記載のとおり,それぞれ各期の納付金を国庫に納入した(千葉県において,受益者負担金の支出負担行為及び支出命令をする権限を本来的に有するのは,地方公共団体の長である千集県知事であるが,支出負担行為及び支出命令の一部については,補助職員が専決を行っている。かかる支出命令を受けて出納員が支出している。(乙230,乙231))。
  21. ウ. 水特法負担金
  22. (ア)協定等
  23. 千葉県は,水特法12粂に基づき,群馬県,埼玉県,東京都及び茨城県と協議し,平成8年2月22日付けで「利根川水系吾妻川八ッ場ダムに係る水源地域整備事業に要する下涜受益者負担に関する協定書」(乙54。以下「水特協定書」という。)を締結し,都県別の受益者の負担割合について定めた。加えて,同日付けで「利掛Il水系吾妻川八ッ場ダムに係る水源地域整備事業の実施及び負担金の取扱い等に関する覚書」(乙55。以下「水特覚書」という。)を締結した。
  24. 千葉県と群馬県は,同覚書とは別に平成8年3月29日付けで「利根川水系吾妻川八ッ場ダムに係る水源地域整備事業に要する下流受益者負担に関する協定書に伴う覚書」(以下「受益者覚書」という。)を締結し,水特協定書で「千葉県」とあるのを1「千乗県水道局,北千葉広域水道企業団,印旛郡市広域市町村圏事務組合及び千葉県企業庁」と読み替えるとともに,千乗県水道局,北千葉広域水道企業f乱印旛郡市広域市町村圏事務組合及び千葉県企業庁(以下,「千葉県内利水者」という。)の利水者負担率について定めている。さらに,千葉県と千葉県内利水者との間で,同日付けで「利根川水系吾妻川八ッ場ダムに係る水源地整備事業に要する下涜受益者負担に関する協定書に伴う千葉県負担金の利水者負担に関する覚書」が締結された(乙57)。
  25. (イ)群馬県は,水特覚書1粂2項に基づき,事業実施の前年度の8月10日までに整備事業の事業計画を放りまとめ,関係都県と協議し,関係都県の同意により,事業計画を決定し,同覚書1条1項に基づき,事業実施年度の6月30日までに当該年度の整備事業の事業実施計画を取りまとめ,関係都県と協議し,事業実施計画を決定している(乙55)。
  26. (ウ)群馬県からの千葉県に対する負担金の請求と納入通知書を受け,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は,別紙水特法負担金の支出欄記載(ただし,それぞれに対応するもの。)のとおり,それぞれ各期の納付金を群馬県に納入した(千葉県において,水特法負担金の支出負担行為及び支出命令をなす権限を本来的に有するのは,水道事業を所管する公営企業管理者たる千葉県水道局長及び工業用水道事業を所管する公営企業管理者たる千葉県企業庁長であるが,支出負担行為及び支出命令の一部については,補助職員が専決を行っている。かかる支出命令を受けて企業出納員が支出している。(乙232ないし乙234))。
  27. エ. 基金負担金
  28. (ア)協定等
  29. 財団法人利根川・荒川水源地域対策基金(以下「本件基金」という。)は昭和51年12月22日に内閣総理大臣の許可を受けて設立された水源地域対策基金であり,その事業は,「財団法人利根川・荒川水痩地域対策基金寄附行為」により,関係地方公共団体等が講ずる水没関係住民の不動産取得,生活安定及び水没関係地域の振興に必要な措置に対する資金の貸付,交付等の援助並びに水没関係住民の生活再建又は水没関係地域の振興に必要な調査及びその受託等とされている(乙59の1,乙59の2)。
  30. 東京都,埼玉県,千葉県,茨城県及び群馬県は,本件基金との間で,平成2年8月1日,「利根川水系八ッ場ダム建設事業に伴う財団法人利根川・荒川水源地域対策基金の事業に要する経費の負担についての協定書」を締結した(乙62)。
  31. さらに,千葉県と千葉県内利水者間で平成2年11月1日付けで「利根川水系八ッ場ダム建設事業に伴う財団法人利根川・荒川水源地域対策基金に係る千葉県負担額の利水者負担に関する覚書」を締結し,これにおいて,千葉県内利水者が基金協定書の千葉県負担金を本件基金に対して支払うこと及び各利水者の負担割合について定めた(乙63)。
  32. (イ)利根川荒川基金からの負担金の額及び納入時期の通知を受け,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は,別紙基金負担金の支出欄記載(ただし,それぞれに対応するもの。)のとおり,それぞれ各期の納付金を同基金に納入した(千葉県において,基金負担金の支出負担行為及び支出命令をなす権限を本来的に有するのは,水道事業を所管する公営企業管理者たる千葉県水道局長及び工業用水道事業を所管する公営企業管理者たる千葉県企業庁長であるが,支出負担行為及び支出命令の一部については,補助職員が専決を行っている。かかる支出命令を受けて企業出納員が支
  33. 出している(乙232ないし乙234))。
  34. オー般会計繰出金
  35. 一般会計から水道事業会計及び工業用水道事業会計(特別会計)への繰出しは,地方公営企業法18条1項(地方公共団体は,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に出資をすることができる旨を定めるもの)の規定による出資金の繰出しであり,この出資金は,水道事業の経営基盤の強化及び資本費負担の軽減を目的として,本件事業に要する経費に係る国庫補助基本額の3分の1に相当する額等を繰出すものである
  36. (5)住民監査請求
  37. 原告らは,平成16年9月10日付けで,千葉県監査委員に対し,本件事業は,利水上,治水上の必要性がないとして,㈰千葉県水道事業管理者及び工業用水道事業管理者に対して,建設費負担金,水特法負担金,基金負担金の支出の差止め及びダム使用権設定申請の取り下げを求め,㈪千葉県知事に対して,受益者負担金,水特法負担金,基金負担金の支出の差止め,一般会計から水道事業特別会計及び工業用水道事業特別会計の支出の差止め,千葉県知事,水道事業管理者及び工業用水道事業管理者に対して損害賠償を内容とする勧告を発することを求めて住民監査請求を行った。
  38. 千葉県監査委員は,同年11月8日付けで,同請求のうち,千葉県知事に対する受益者負担金の支出差止め,千葉県知事に対する受益者負担金についての損害賠償請求権行使並びに千葉県知事に対する千葉県水道局長個人及び千葉県企業庁長個人への建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金についての損害償請求権行使についてはこれを却下し,それ以外の部分については棄却した(甲1)。
  39. 本件訴訟の提起等
  40. 原告らは,平成16年11月29日,本件訴えを提起した。その後,平成21年5月12日の第19回口頭弁論において,平成16年11月29日以降にされた八ッ場ダムに係る公金に関する支出命令を違法原因とする千葉県水道局長,千葉県企業庁長及び千葉県知事であった者への各損害賠償請求をすることを求め,被告知事に対する請求を一部減結する趣旨で,訴えを変更した。


3. 争点

  1. 被告水道局長及び被告企業庁長が国土交通大臣に対し八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げないことは,地自法242条1項の「財産の管理を怠る事実」に該当するか(請求の趣旨2について)。
  2. 監査請求前置を満たしているか(請求の趣旨5,6について)。
  3. 一般会計繰出金の支出に相当な蓋然性があるか(請求の趣旨3(2)について)。
  4. 本件訴えは訴権の濫用に当たるか。
  5. 八ッ場ダムに係る建設費負担金,受益者負担金,水特法負担金,基金負担金及び一般会計繰出金の支出は,地自法2粂14項,同条16項,同法138条の2,地財法4条1項,地方公営企業法17条の2第2項等に反し違法であるか。


4. 争点に関する当事者の主張

  1. 争点(1)被告水道局長及び被告企業庁長が国土交通大臣に対し八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げないことは,地自法242粂1項の「財産の管理を怠る事実」に該当するか(請求の趣旨2について)。
  2. (原告らの主張)
  3. 地自法237粂の財産には,同法238条1項4号の「地上権,地役権,鉱業権その他これに準ずる権利」及び同項7号の「出資による権利」が含まれるところ,「ダム使用権の設定予定者の地位」は,用益物権たるダム使用権に極めて類似した権利であるから前記「その他これに準ずる権利」に該当する上,実際にダム建設の費用を負担することによりダム使用権の設定予定者として取り扱われることからすると前記「出黄による権利」に該当する。そして,被告水道局長や被告企業庁長らは,その行政行為の判断の際に,常に経済性の発揮を最優先に考慮する義務がある以上,設定者たる地位を取り下げるか否かの判断を行うに際しても,円滑な利水行政からの観点に留まらず,費用対効果,収益性の有無・程度といった点を特に考慮しなければならないにもかかわらず,利水上なんら必要性が存在しない八ッ場ダムのダム使用権の設定申請を取り下げないことは,地自法242条1項所定の「財産の管理を怠る事実」に該当する。
  4. (被告水道局長及び被告企業庁長の主張)
  5. アダム使用権は,物権とされているが(特ダム法17条),ダム使用権の設定予定者には,多目的ダムにより一定量の流水の貯留を一定の地域において確保する権利(ダム使用権)が未だ発生しているものではないのであるから,「法律上確立した権利」とはいえず,したがって,前記「その他これらに準ずる権利」に当たるものではない。また,ダム使用権の設定予定者として負担する費用は,特ダム法7条1項の規定により国に対し負担することが義務付けられた費用であり,これを納期限までに納付しない場合には,国税の滞納処分の例により強制的に徴収されるものであるから(特ダム法36条),ダム建設費負担金は前記「出資」に該当しない。
  6. イダム使用権設定申請を取り下げるか否かは利水行政上の判断によってされるものであって,それ自体が地自法242条1項にいう「財産の管理」に当たるものではない。また,一定の行政目的実現のためにする行為カ!一面において財産の管理という性質を有し,それらの行為がされることによって,結果として財産的影響が及ぶ場合であっても,そこで考慮されるものが当該行政目的の実現である場合は,「財産の管理」には当たらない。
  7. ウよって,本件訴えのうち,ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認を求める部分は不適法である。
  8. (2)争点(2)監査請求前置を満たしているか(請求の趣旨5,6について)。
  9. (被告水道局長及び被告企業庁長の主張)
  10. 原告らは,千葉県水道局長及び千乗県企業庁長に対して水道事業管理者個人及び工業用水道事業管理者個人に対する損害賠償請求権を行使することを求める住民監査請求を行っておらず,監査請求を前置していない。もっとも,原告らは,行政の内部組織の事務分配について正確に知ることは困難であること等から,監査請求において,当該地方公共団体に対し,監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して,必要な措置を講ずべきことを請求しているか否かが判断できればよいと主張するが,原告らは,住民監査請求において,千葉県水道事業管理者及び千葉県工業用水道事業管理者に対して特ダム法に基づく負担金等の支出差止めを求め,損害賠償請求権の行使に係る当該職員を水道事業管理者個人及び工業用水道事業管理者個人としていることからすると,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長に特ダム法に基づく負担金等の支出権限が属することを認識していたことは明らかであり,原告らは,千乗県水道局長及び千葉県企業庁長に対して水道事業管理者個人及び工業用水道事業管理者個人に対する損害賠償請求権を行使することを求める旨の住民監査請求をすることも十分可能であったにもかかわらず,住民監査請求においてはそれをしていないといえる。よって,原告らが行政内部組織の事務分配を知り得なかったなどの事情はあり得ない。

  11. また,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長からそれぞれ意見書及び弁明書が提出されているからといって,これにより実質的には住民監査請求を経ているなどということにはならない。
  12. したがって,本件訴えのうち,本件請求の趣旨5項及び6項に係る部分は不適法である。
  13. (原告らの主張)
  14. 住民は地方公共団体の内部組織の事務分担については一般的に正確な知識を有しておらず,正確な地方公共団体の権限分配・事務分配に基づく住民監査請求を要求するのは酷である。よって,住民監査請求の前置の要件を判断するに際しても,形式的に法令上の事務分配・権限分配に基づく権限のあった者に対してされているかではなく,住民監査請求書全体からみて,住民が,当該住民監査請求において,当該地方公共団体に対し,監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して,必要な措置を講ずぺきことを請求しているか否かによって判断すべきである。
  15. 本件についてみると,住民監査請求書において,原告らは,財務会計上の行為又は怠る事実として,千葉県における今後の八ツ場ダム建設に関する公金の支出を差し止めること及びこれまでこれに関連して支出した公金を取り返すことを特定し,監査を求めている。
  16. また,原告らは,住民監査請求において,千葉県知事に対して本件請求の趣旨5項及び6項に対応する損害賠償の請求をすることを求めたところ,これに対して,千葉県水道局長及び千集県企業庁長より,それぞれに対応する意見書及び弁明の内容が提出されている。よって,実質的には本件請求の趣旨5項及び6項に対応する住民監査を経ているといえ,住民監査請求前置の要件は満たしている。
  17. 争点(3)一般会計繰出金の支出に相当な蓋然性があるか(請求の趣旨3(2)について)。
  18. (被告知事の主張)
  19. 千葉県知事の所管する一般会計から千乗県水道局長の所管する水道事業会計及び千葉県企業庁長の所管する工業用水道事業会計へ繰出した実績は,平成15年度以降においてなく,また,その予定もないため,当該行為がされる相当の確実性をもって客観的に推測される程度に具体性を備えていないから,地自法242条の2第1項1号の差止請求の要件とされる当該行為が相当の確奏さをもって予測される場合に当たらない。
  20. (原告らの主張)
  21. 千葉県において,昭和62年度から平成14年度までに一般会計から合計17億700万円の繰出しが行われ,今後も本件事業費用に充てるため
  22. に一般会計から水道事業特別会計及び工業用水道会計に繰出しが行われる可能性がある。
  23. 争点(4)本件訴えは訴権の濫用に当たるか。
  24. (被告らの主張)
  25. 原告らは,住民訴訟に名を借りて,国の事業の適否を争おうとしており,直接民主制度として予定されている事務監査請求(地自法75粂)の要件を満たさずそれを超えた目的を果たそうとしているものであるから,住民訴訟制度の目的を著しく逸脱し,その制度を濫用するものであって,却下されるべきである。
  26. (原告らの主張)
  27. 本件訴訟において,国や関係自治体等による本件事業の違法性が間遠になりうることがあるが,本件はあくまでも被告らの財務会計上の義務違反を問うものである。被告らは財務会計行捌こ先立つ原因行為に違法があった場合,いかなる場合も財務会計行為の違法性に影響が無いかの前提に立つようであるが,かかる主張は住民訴訟の制度趣旨を著しく綾小化するものであり,到底認められない。
  28. 争点(5)八ッ場ダムに係る受益者負担金,建設費負担金,水特法負担金,基金負担金及び一般会計繰出金の支出は,地自法2粂14項,同条16項,同法138条の2,地方財政法4粂1項,地方公営企業法17条の2第2項等に反し違法であるか。
  29. (原告らの主張)
  30. ア本件各負担金支出の違法事由について
  31. (ア)建設費負担金
  32. 千葉県の水道事業を実施するために客観的必要性のない水利権を確保するための費用を支出することは,「経済性の発揮」を基本原則として定めた地方公営企業法3条,最少経費原則を定めた地自法2粂14項及び地方財政法4条1項に違反し,このことは水道法2粂1項及び同法2条の2第1項からも確認されるところ,千葉県が八ッ場ダムにおいて確保しようとしている水利権は,千葉県の水道事業に全く必要のないものであるから,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の建設費負担金の支出は違法である。
  33. また,特ダム法12粂が予定しているダム使用権設定申請を取り下げる権利は,国との関係で何の制約も受けず,地方公共団体が自由に行使できる権利であるから,ダム使用権設定予定者たる地位を維持することが,それに伴う負担金支出の継続を上回る利益を水道事業にもたらさないことが客観的に認められる場合,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長としては,ダム使用権設定申請を取り下げる権利を行使してその後の負担金支出義務を回避すべきであって,ダム使用権設定申請を取り下げる権利を行使することなしに漫然と負担金の支払いをすることは違法である。
  34. ここで,被告水道局長及び被告企業庁長は,建設費負担金は国土交通大臣による納付通知に基づき支払うのであり,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長はこれに従わざるを得ないから,支出命令が違法になることはないと主張する。
  35. しかし,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は前述したように,財務会計上の義務として,ダム使用権設定申請を取り下げる必要があり,これにより,大臣の納付通知による負担金支払い義務を免れるべき義務があるのであるから,かかる義務に違反して,支出命令を行うことは違法である。また,先行する納付通知が「著しく合理性を欠き」,地方自治体の「予算の執行の適正確保の見地から看過しえない」程度の堰庇がある場合には,当該納付通知は,地方自治体に対する拘束力を有しない(最高裁判所昭和61年(行ツ)第133号,平成4年12月15日第三小法廷判決,民集46巻9号2753頁)のであるから,このような場合においては,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は納付通知に従う義務はなく,かえって拒否すべき財務会計上の義務があるから,かかる義務に違反して,支出命令を行うことは違法である。
  36. (イ)受益者負担金
  37. 受益者負担金についても,前述の建設費負担金と同様,地方公共団体の執行機関が最少の経費で最大の効果を達成すべき原則(地自法2条14項,地方財政法4条1項等)の適用を受ける。しかし,八ッ場ダムが利根川流域の治水という目的との関連牲に乏しく,ダムサイト地盤の脆弱さ等から安全性が確保されていないこと,ダム湖周辺の地盤が地すべりの危険があることからすると.千葉県が「著しく利益を受ける」(河川法63条)ことはないといえるから,千葉県が国に対し負担金を払うことは,地自法2条14項,地方財政法4粂1項に反し違法である。加えて,本件事業は,環境影響評価法や生物の多様性に関する条約及び絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律に抵触し,このような事業のために地方公共団体が公金を支出することは,地自法2条16項に反し許されない。
  38. また,地方財政法25条3項は,国が地方公共団体の負担金を法令の定めるところに従って使用しなかったときに,地方公共団体は国に対し負担金の返還を請求することができる旨を規定しているところ,上記のとおり国が千葉県から八ッ場ダム建設に係る受益者負担金を徹することは違法なのであるから,被告知事には同条項に基づく負担金支払い拒否権を行使すべき義務があり,国からの納付通知に対応して漫然と支出決定をすることは,同法4条に反し,財務会計法規上の義務(地自法138条の2に規定する誠実執行義務)にも違反するもので違法である。
  39. ここで,被告らは,受益者負担金は納付通知に基づき支払うのであり,千葉県知事はこれに従わざるを得ないから,千葉県知事の支出命令が違法になることはないと主張する。
  40. しかし,先行する納付通知が「著しく合理性を欠き」,地方自治体の「予算の執行の適正確保の見地から看過しえない」程度の噸庇がある場合には,当該納付通知は,地方自治体に対する拘束力を有しない(前掲最高裁判決)のであるから,このような場合においては,千乗県知事は納付通知に従う義務はなく,かえって拒否すべき財務会計上の義務があるから,かかる義務に違反してなされる受益者負担金支出は違法である。(ウ)水特法負担金
  41. 水特法負担金は東京都とほか4県との間の協定にもとづいて支払義務が発生するものであるが,八ッ場ダムが千葉県にとって治水上も利水上も必要性がないものであるから,それにもかかわらず負担金の支払いを内容とする合意を締結することは,公序良俗に反し(民法90条),千葉県以外の協定当事者たる各都県においてもこのことは当然知っており,又は知りうぺき事実であるから,上記協定は無効であり,被告らはその拘束を受けない。加えて,利水権を確保する必要性はなく,必要性を欠く支出であるから,地方公営企業法3粂,地自法2粂14項,地方財政法4条に反する。
  42. また,水余りが生じているのであり,水が売れる見込みはなく,料金を収入として算定することが不能であるから,地方財政法3粂2項にも反する。
  43. (エ)基金負担金
  44. 基金負担金についても,前述の水特法負担金と同様,八ッ場ダムが千葉県にとって治水上も利水上も必要性がないものであるから,それにもかかわらず負担金の支払を内容とする合意を締結することは,公序良俗に反し(民法90条),千葉県以外の協定当事者たる各都県においてもこのことは当然知っており,又は知りうべき事実であるから,上記協定は無効であり,被告らはその拘束を受けず,必要性を欠く支出であるから,地方公営企業法3条,地自法2粂14項,地方財政法4条に反する。
  45. また,水余りが生じていることから,地方財政法3粂2項にも反する。
  46. (オ)一般会計繰出金地方公営企業の特別会計の経費は,当該地方公益企業の経営に伴う収入によって賄われるのが原則である(地方財政法6粂,地方公営企業法
  47. 17条の2第2項)。地方公営企業法18粂1項は,同法17条の2第1項の規定によるもののほか,一般会計から特別会計への出資をすることができるとしているが,かかる出資については,独立採算ないし受益者負担の原則の例外とは認められておらず,当該地方公営企業の経営に伴う収入によって賄われる経費に充てられなければならない。ところが,八ッ場ダムからの取水を売ることにより収入を得る見込みは全くないのであるから,本件事業のための経費を負担しても,水道事業による収入により賄える見込みは皆無である。したがって,本件事業費用に充てるために行われる上記繰出は,地方公営企業法17条の2第2項に違反し,違法である。
  48. イ八ッ場ダムの利水上の必要性について
  49. (ア)フルプランについて
  50. 利根川・荒川水系の水資源開発は,フルプランに基づいて行われる。
  51. フルプラン策定の目的は,場当たり的なダム建設等の水源開発事業をなくすことであり,フルプランによって必要な開発事業を決めている。
  52. そして,各水道事業者,各工業用水道事業者の水需給計画を基にして,各都県が都県ごとの水需給計画を策定し,さらにそれを基にして,利根川荒川水系フルプランが策定されるのであり,同フルプランによって個々のダム建設等の水源開発事業が位置付けられるのであるから,各都県の水需給計画及び各事業者の水需給改革がフルプランを通して,ダム等の水源開発事業を位置付ける役割を担っているのである。
  53. (イ)千葉県の予測について
  54. 千葉県が平成15年に策定した「千葉県の長期水需給」における水需要予測は,過大かつ窓意的である。その後,千葉県が平成20年9月に策定した「千葉県長期水需給調査結果」は,千葉県水道全体について水需要予測を大幅に下方修正したため,平成27年度の1日最大給水量の予測値はもと東京都公害局等で勤務した東京都の職員である嶋津氏らが算出した千葉県の水需要についての合理的な予測値に近い値になり,旧水需給計画の予測の非科学性を事実上認めるものになっている。そして,千葉県水道全体の現保有水源を現実に基づいて正当に評価すれば,保有水源は,260万㎥/日あり,千葉県による平成27年度1日最大給水量の予測値235万㎥/日を25万㎥/日も上回っているのである。よって,千葉県全体の水道の将来の水需給は十分に余裕があり,八ッ場ダム等の新たな水源が全く無用のものであることは明らかである。
  55. ()水道用水について
  56. 千葉県水道局が平成13年7月6日付けで策定した「長期水需要の見通しと供給計画について」における千葉県水道局の水需要予測は,新規水源開発を正当化するため,将来の水需要を水増しすることを目的として計算され,平成27年度における1日最大給水量の予測値は,常識をはるかに超えた過大な数値となっている。
  57. 千葉県水道局が平成20年5月12日付けで策定した「長期水需給の見通しについて」における千葉県水道局の水需要予測は,原告らの予測値と近いものとなっているが,千葉県水道局は「20年で2番目の渇水年には,利根川水系の上流ダム等の供給施設が安定的に供給できる水量が約86%に低下するとの理論」(最近20年間で第2位の渇水年では,ダム等からの供給可能塁が利根川水系では,開発水量の79%,荒川水系では72%になると,国交省が主張している理論である。以下,「2/20渇水年における供給可能盛の低下」という。)を考慮して,水源が未だに不足していると主張する。これは,千葉県水道局が,八ッ場ダムの建設の必要牲を根拠づけるために,悪意的に水源の不足が生じるようにするための理論にすぎない。そして,国も安定水源であることを認めている江戸川・中川からの緊急暫定,条例上も永続使用が可能である地下水,坂川農業用水合理化などの保有水源を適正に評価すれば,八ッ場ダムの必要性はない。
  58. ()工業用水について
  59. 工業用水に関する従来の千葉県企業庁の推定値は実績値と釆離したものであり,平成20年3月27日付けで作成された「長期水需給の見通しについて」においても下方修正率が低く,実綴と帝離がまだ大きいものである。
  60. ここで,千葉県企業庁は,契約水量に対応する水源を確保する必要性があると主張するが,契約水量の制度が企業からの減量を認めない不合理な制度である上,この契約水星をふまえても工業用水道はすでに十分な水源が確保されているから,八ッ場ダムは不要である。さらに,千葉県企業庁が八ッ場ダムを水源とすることを予定している千葉地区工業用水道事業以外の地区(五井姉崎地区工業用水道事業,房総臨海地区工業用水道事業,五井市原地区工業用水道事業)(以下,千葉地区工業用水道事業を併せて「千葉関連4地区」という。)と水源を融通することにより,水源を確保できる。新たな水需要予測を前提に千葉関連4地区の水需要予測を検討しても,その下方修正量は八ッ場ダムの予定水源量を上回っているから,八ッ場ダムからの利水が不要なことは明らかである。
  61. また,前述したように「2/20渇水年における供給可能量の低下」により,八ッ場ダムの必要性を根拠づけることはできない。
  62. (オ)渇水について
  63. 最近は,水需要の飽和現象と水資源開発の進捗によって,渇水による生活等への影響は実際にはほとんどなくなっているのであり,被告らは渇水の被害を誇張し歪曲しているというべきであって,渇水の被害への対応策として,八ッ場ダムを建設すべき必要性はない。
  64. ウ八ッ場ダムの治水上の必要性について
  65. (ア)八斗島地点における基本高水ピーク流量について
  66. 「利根川水系工事実施基本計画」及び現在の国の治水計画である「利根川水系河川整備基本方針」では,八斗島地点における基本高水涜量(ダム等の河川管理施設が全くない状態での各河川の重要度に応じた計画規模の洪水で想定される最大流量)を2万2000一㎥/秒としているが,この数字は,以下のとおり,科学的根拠に乏しい過大な数字である。
  67. a上記基本高水流星の前提となるカスリーン台風時の実績洪水流量は1万7000㎥/秒とされているが,これは観測流量ではなく,上流部の3地点(「上福島」,「岩鼻」及び「若泉」の3地点を指す。)の観測流量を単純に合算した推定流量である。カスリ-ン台風の実績洪水流量は,1万5000㎥/秒であったことに加え,現地調査の結果や八斗島上流域は谷合を流れていることから,八斗島上流域での氾濫涜量はせいぜい1000㎥/秒程度と考えられることからすると,カスリーン台風時の洪水ピーク流星は1万6000㎥/秒程度である。また,カスリーン台風時は,利根川流域の山の保水力が著しく低下していたのであり,現在は山の保水力が大きく向上していることからすれば,カスリーン台風が再来しても,最大洪水流量は1万6000㎥/秒を下回る。現に,国交省の資料によると,利根川に計画降雨があっても,八斗島には,1万6750㎥/秒の洪水しか来ないのであり,本件事業は不要である。
  68. b加えて,国交省は,カスリーン台風が再来した場合の八斗島地点における基本高水流星につき,流出計算モデル(貯留関数法)により,2万2000一㎥/秒と算出し,また総合確立法により,2万1200㎥/秒と算出したとするが,これらの計算方法は根拠がなく,過大な予測である。
  69. (イ)利根川の治水計画について
  70. 利根川水系河川整備基本方針は,八斗島地点の基本高水流量2万2000㎥/秒のうち,5500㎥/秒を調整する上流ダム群を利根川の上涜部に建設する予定であるが,既設6ダムの治水効果は合計1000㎥/秒で,八ッ場ダムによる治水効果600㎥/秒を併せても1600㎥ば/秒にすぎない。利根川放水路の計画も実現不可能となっている。
  71. このように利根川の治水計画は,ほとんど実現性を失っている。
  72. (ウ)八ッ場ダムの治水効果について
  73. カスリーン台風が再来した場合の八斗島地点に対する八ッ場ダムの治水効果はゼロであり,他の大洪水においてもその治水効果は非常に小さく,他方,吾妻渓谷そのものが自然の洪水調節作用をもっていて,既に自然の力が吾妻川上流から来る洪水をなだらかにする効果を発揮している。
  74. また,国交省の計算によれば,八ッ場ダムは八斗島地点において600㎥/秒の治水効果があるとされているが,これは,建設省河川砂防技術基準(案)に反した降雨量の引き伸ばし計算に基づくものであり,上記基準通りに計算すれば八ッ場ダムの治水効果は非常に少ない。さらに,最近57年間で最大の平成10年9月洪水で検証してみると,八ッ場ダムの水位低減効果は最大で13センチメートル程度にすぎないのである(甲B79)。
  75. これらの事実からすると,八ッ場ダムに治水効果があるとは,認められない。
  76. エ八ッ場ダムの危険性等
  77. (ア)ダムサイトの危険性について
  78. 八ッ場ダムの基礎岩盤は,岩級区分(岩塊の堅さ,割れ目間隔及び割れ目の性状により岩盤を評価したもの)が低い場所が多く,ダム軸の直上流部に熱水変質帯が存在し,基礎岩盤の透水性が高い。また,ダムサイトのすぐ下流に大きな断層がある上,ダムサイト地域には,その断層に伴って生じた小さな断層がたくさんあり,このような事実からすると,八ッ場ダムのダムサイト周辺の岩盤・地質はダムを建設するための適格性がない。
  79. 以上のように,八ッ場ダムの建設予定地にダムを建設するのは危険であり,安全性が保障されない本件事業への参加は直ちに中止すべきである。
  80. (イ)地すべりについて
  81. ダム湖となる吾妻川の両岸の斜面には22の地すべり痕跡があり,このうち少なくとも川原畑地区二社平,林地区勝沼,横壁地区白岩沢,横壁地区西久保(小倉)は,地すべりの危険地区ないし要対策地域であり,国交省も地すべりの危険性について一応の認識を有しているが,川原畑地区二社平では,想定すべり面が滑落崖やその直下の分離丘も入らないほど狭小なものであり,林地区勝沼では,地すべりの動きと目される地盤の動きについて何ら説明なく中央の地すべりが認定から外され,横壁地区白岩沢では,想定される7つの地すべりブロックのうち,白岩択右岸の吾妻川寄りの1つが湛水により不安定化するとされながら,これに連鎖して起こりうる斜面上部の地すべりについては全く視野に入れられておらず,横壁地区西久保(小倉)では,地すべりが起こった限られた範囲では対策が施されたが,同様の地質・地形条件を持つ上下流部は放置されているなど,いずれの地区についても国交省の対策は手抜きであり,地すべり発生の危険性を除去できるものとはいえない。
  82. (ウ)中和生成物の沈殿
  83. 八ッ場ダム計画のある吾妻川は,強酸性の河川であり,河川管理者である国土交通大臣は,そこに石灰を投入して水質を中和している。この作業により発生する中和生成物を沈殿させるため,晶木ダムが既に建設されているが,品木ダムは,中和生成物の堆砂によって飽和状態に達しようとしており,品木ダムが飽和状態になれば,それに代わる中和生成物沈殿他の役割は,八ッ場ダムが果たすことになり,一般的な堆砂に加え,中和生成物が沈殿することから,八ッ場ダムの治水・利水の効果が短期間で失われることになる。
  84. (エ)環境等への影響
  85. 本件事業には,生態系に与える影響の問題,自然景観の破壊の問題ダム建設により発生する水質問題及び建設予定地周辺住民に与える生活上の問題等があり,条理上法の義務として又は生物多様性条約に基づき,事案に則した適切な環境評価が実施されるべきであるにもかかわらず,
  86. これが行われておらず,違法な事業である。
  87. (被告らの主張)
  88. ア本件各負担金支出の違法事由について
  89. (ア)建設費負担金
  90. ダム使用権の設定予定者の負担するダム本体についての建設費負担金は,国土交通大臣がする納付の通知により国庫に納付することとされており(特ダム法7条,同法施行令9条,11条の3),その徴収は歳入徴収官(国土交通大臣官房会計課長)の発する納入通知書によってされるのであり,ダム使用権の設定予定者がこの負担金を国庫に納付しないときは,特ダム法36条により国税滞納処分の例により強制的に徴収されるのであるから,国土交通大臣の上記納付の通知が不存在又は違法無効でない限り,ダム使用権の設定予定者は負担金の納付義務を免れることはできないのであり,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の本件支出は違法となりえない。
  91. ()受益者負担金
  92. 受益者負担金は,国土交通大臣の納付の通知に基づき国庫に納付することになるが(河川法64条1項,同法施行令38粂1項),その徴収は歳入徴収官の発する納入告知書によってされるのであり,千葉県等閑係都県がこの負担金を国庫に納付しないときは,河川法74粂により国税滞納処分の例により強制的に徴収されるものであり,国土交通大臣の上記納付通知が不存在又は違法無効でない限り,千葉県等閑係都県は負担金の納付義務を免れることはできず,千葉県知事の本件支出は違法とはなりえない。そして,利根川の洪水防御のための計画規模をどのように設定し,どのような河道整備を行い,どのようにダム等の洪水調節施設で調節し,どのような流量を河道に流下させるかは,河川審議会の意見を聴いて国土交通大臣が定めるものであり,同大臣の大幅な裁量に委ねられているのであるから,違法無効であるとはいえない。
  93. (ウ)水特法負担金
  94. 千葉県水道局及び千葉県企業庁さらには水特法施行令8粂により県内の利水者を代表する千菓県は,ダム使用権設定予定者として事業からの撤退又は利水参画量の減量をし,それにより整備事業に要する経費の負担割合等を定めた水特協定等が変更される場合でない限り,同協定等に定められた負担金の支出が義務付けられるのであって,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長又はそれらの専決権者の一方的意思により,その負担金の免除や減額をすることはできないのであり,水特法負担金の支出が違法になるということはありえない。
  95. (エ)基金負担金
  96. 基金負担金も,前記した受益者負担金と同様に,国土交通大臣のダム建設基本計画が前提となるものであり,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長又はその専決権者は,ダム使用権設定予定者としての千葉県が当該事業からの撤退又は利水参画量の減量を行い,それにより基金協定書等の変更や基金事業・負担金の変更等がされない限り,細目協定書等や利根川荒川基金からの請求による負担金の支出が義務付けられるのであって,その専決権者を含め千葉県水道局長や千葉県企業庁長の一方的意思により,その負担金の免除や減額をすることはできないのであり,このことは整備事業の負担金と同様である。
  97. (オ)一般会計繰出金
  98. 一般会計から特別会計への繰出しは,水道事業の経営基盤の強化及び資本費負担の軽減を目的として,市町村等の水道事業者に水道用水を安定的に供給し,千葉県民の日常生活に不可欠な水道用水を確保するために必要な資金として,千葉県知事の所管する一般会計から特別会計に対して繰り出しているものであるが,千葉県議会で議決された予算に基づいて繰り出されているものであり,千葉県知事に予算執行の段階でその額を増減する裁量の余地はないのであるから,義務違反が生ずる余地はない。
  99. イ八ッ場ダムの利水上の必要性について
  100. (ア)フルプランについて
  101. 利根川水系全体での水資源開発は,フルプランにより計画的に行われ,
  102. 本件の八ッ場ダムもその計画に位置付けられてはいるが,本件事業は特ダム法上の「八ッ場ダムの建設に関する基本計画」等に基づいて行われるものであり,原告らの水資漉開発基本計画に関する主張は,本件の本件事業実施の適否とは関係がない。加えて,そもそも水需給の予測は,人口や産業経済の動向を見据え,渇水時等の危機管理のための水源の分散化等について総合的に判断し,長期的視点に立って行うものであることから,現時点の実績値のみから,予測の適否を論じることは妥当ではない。
  103. (イ)千葉県の合理的な予測について
  104. 平成15年1月策定の「千葉県の長期水需給」は,関係事業体や国の関係機関と調整するための基礎資料及び第5次フルプラン策定のための水需給想定調査に対する基礎資料として作成されたものであり,平成20年9月策定の「千葉県長期水需給調査結果」は,水の安定供給に向けた今後の施策の基礎資料として活用することを目的として作成されたものである。
  105. これらは,県内各事業体の水需給に関する上位計画ではない上,各事業体に対して,八ッ場ダム等を含めた水源開発事業への参画を決定しあるいは強制するものではない。
  106. (ウ)水道用水について
  107. 平成13年7月6日付けで作成された「長期水需要の見通しと供給計画について」及び平成20年5月12日付けで作成された「長期水需給の見通しについて」の予測が過大であるとはいえないし,結果として予測値とその後の実績値に差が生じたとしても,やむを得ないものとして許容されるべきである。すなわち,水道事業体は,給水区域内の住民に対し,安全で良質な水を常時安定的にかつ確実に供給する責務があり,水需要予測に当たっては,それまでの実績を重視しつつ,水の供給に不足がでないよう慎重に行うものであることから,そうした予測に対して,結果的に実績値との間に差が生じたとしても,これは実績を重視しつつ水の供給不足とならないよう安全サイドに立った予測であるからやむを得ないものである。
  108. また,原告らが主張する水源は安定水源とはいえず,安定水源を確保するためにどのような水源開発を行うかについては,各水道事業体が地域の特性,人口や経済動向,渇水時や水質事故等非常時の対応のための水源分散化,取水・浄水施設等の効率的な施設整備,気象条件等の諸要素を総合的に判断し,長期的視点に立って政策的に決定するものであり,各水道事業体の大幅な裁量判断に委ねられている。またある年の需要実績と水源確保量との差をもって直ちに水源に余裕があるとはいえない。
  109. (エ)工業用水について
  110. 千葉県企業庁による需要予測も受水企業の長期戦略や渇水対策等の要素も含めた契約水量及び将来の工業出荷等を考慮し,既存給水区域と新規需要区域を分けて,計算された合理的なものであり,平成27年度の最大給水量が過大であるなどということはできない。工業用水は契約企業に対し安定的かつ確実に供給しなければならないため,ある程度余裕を持って水源を確保することが必要である。また,原告らは,千葉関連4地区の工業用水道事業の間で水源を融通することを主張するが,困難である。
  111. (オ)渇水について
  112. 水道事業は,給水の安定性を確保することが求められており,減圧給水や給水時間制限等をしてもかまわないという考え方は妥当しない。取水制限による生活・産業に対する影響は大きい。そして,渇水時においてダムの補給水が果たす役割は大きい。また,原告らは森林の増加により,水を補給できるとするが,森林自身が水を消費するものである。
  113. ウ八ッ場ダムの治水上の必要性について
  114. (ア)八斗島地点における基本高水ピーク流量について基本高水のピーク流量をどのように設定し,どのような河道整備等を行い,どのようにダム等の洪水調節施設で調節し,どのような流量を河道に流下させるか等は,河川の重要度,既往洪水による被害の実態,経済効果等を総合的に考慮し,河川審議会(現社会資本整備審議会)の意見を聴いて,国土交通大臣が定めるものであり,同大臣の大幅な裁量に委ねられているものである(河川法16条2項,平成9年法律第69号改正前河川法16条2項)。八斗島基準地点における基本高水ピーク流量2万2000㎥/秒は,利根川の河川管理者である国土交通大臣(旧建設大臣)により,昭和22年9月のカスリーン台風時の実績降雨から算出された2万2000㎥/秒と1/200確率涜量(概ね200年に1度程度の確率で発生する規模の洪水のピーク流量を指す。)2万1200㎥ば/の双方を考慮し,河川審議会の意見を聴いて,昭和55年12月の利根川水系工事実施基本計画(改正前河川法16条)において定められたものである。さらに,平成18年2月に策定された利根川水系河川整備基本方針(河川法16条)においても,社会資本整備審議会の意見を聴いて,同様の基本高水のピーク流量が定められている。
  115. ()利根川の治水計画について
  116. 八ッ場ダムの洪水調節効果は,約600㈵ゴ/秒と見込まれているものの,今後も徹底した既存施設の有効利用と洪水調節施設の整備が行われることとなっている上,治水事業は,長い年月をかけて計画的に進める必要があり,また,事業実施に当たり関係者等の理解を得られたものから推進していくものであることからすれば,進捗状況が低いからといって,利根川の治水計画が破綻しているとはいえない。
  117. ()八ッ場ダムの治水効果について
  118. 八ッ場ダムは,吾妻川流域の約半分の708昆に降った雨を集めて洪水調節するもので,また,洪水調節容量(ダム貯水池に洪水を一時的に
  119. 貯めることのできる容量)は6500万ポであり,八斗島地点での洪水調節効果については,200分の1の確率規模の降雨量において,ピーク流量を約600d/秒削減する効果が見込まれている。平成13年9月の台風15号のように,他地域に比べて吾妻川流域の雨が多い洪水の場合,吾妻川から利根川に合流する涜量の割合が大きくなるため,八ッ場ダムによる治水効果が期待できる。カスリーン台風においては,吾妻川流域の降雨量が他の土地に比べて少ないことから,八ッ場ダムの効果は大きくないが,他の洪水パターンでは大きな効果が見込まれるのである。
  120. したがって,八ッ場ダムの治水効果が非常に小さいとの原告らの主張は,適切ではない。加えて,原告らは吾妻渓谷の洪水調節機能について考慮すべきと主張するが,八ッ場ダムの効果量の算定に用いた洪水は,吾妻渓谷の狭窄による洪水流出抑制効果を考慮したものである。また,原告らは,八ッ場ダムの効果量の算定に当たって,引き伸ばし率が2倍以上のものを採用したことを問題とするが,建設省河川砂防技術基準(案)も引き伸ばし率が2倍以上となる洪水を選定するのを禁止するものではなく,原告らの主張は失当である。
  121. エ八ッ場ダムの危険性等
  122. (ア)ダムサイトの危険性について
  123. ダムサイトの基礎地盤は全体にB級地盤を主体とし,熱水変質帯の影響もない。また,ルジオン値も河床付近の基礎地盤では低く,難透水性である。また,遮水性の向上等を目的としたグラウチングについては,「グラウチング技術指針」に基づいてなされるが,改良目標値や改良範囲を設定することにより,八ッ場ダムの基礎地盤等において速水性が不足する箇所の対策は十分可能である。
  124. そして,低角度割れ目の分布やそれを含む岩盤のせん断強度の調査をするが,たとえこれらにより強度が不足する箇所があったとしても,弱部の除去等をダムの堤体設計に見込むことにより十分対応可能である。また,原告らが主張するようなダムサイトの基礎基盤として問題のある断層破壊帯は認められない。
  125. (イ)地すべりの危険牲について
  126. 国交省は,平成8年度から平成12年度までの間,旧建設省関東地方建設局に設けられた「八ッ場ダム貯水池周辺地盤安定検討委員会」の意見を席まえつつ,計画案を作成しているが,原告らの指摘は,国交省の報告書等の留意事項からの引用にすぎない。地すべり調査は,貯水池の試験湛水が終了するまで継続的に行われるのが一般的であり,調査・解析の過程であるこれらの報告書で当該ダム貯水池周辺が危険であると判断することはできない上,現段階の評価や対策等には修正が加えられていくのである。
  127. 川原畑地区二社平,林地区勝沼においても,地すべり調査により,必要な範囲で地すべりの対策を行っている。横壁地区白岩沢では,白岩択右岸の吾妻川よりの1つのブロックが不安定ではあるものの,すでに湛水区域内にあり,地すべりによる貯水池への影響は軽微である。横壁地区西久保(小倉)においても,地すべり対策が必要な箇所については対策が既に行われている。
  128. (ウ)中和生成物の影響について
  129. 国交省によると,品木ダムは,山からの流入土砂と中和生成物が堆積し,このままではダムの機能が停止するおそれが出てきたため,昭和63年度から汝i菓船による中和沈殿物等の汲深工事(湖沼等の水中に堆積した堆積物を掘削により除去すること)が行われ,貯水池内の堆積物量の低減が図られている。この没漠等の対策により品木ダムの貯水池の容量確保は十分可能であり,今後も対策の強化を図ることにより,品木ダムの機能は十分維持されることになる。
  130. したがって,中和生成物の堆積により八ッ場ダムの機能が計画より短期間で失われてしまうことはない。
  131. ()環境等への影響
  132. 八ッ場ダムの建設に関する基本計画が昭和61年7月10日に告示される前に当該事業が周辺の環境に及ぼす影響について,調査,予測及び評価を行っており,その後も環境調査を実施しており,生物の多様性に関する条約第14条第1項に違反するなどということはあり得ない。加えて,八ッ場ダムの建設が,野生動物の捕獲,採取,殺傷又は損傷に当たるとはいえない上,事業の影響を受けると予測されるものについては,検討の上対策を実施している。地元住民の生活再建についても,ダム事業者により土地等の取得に関わる補償や建物及び建物以外の工作物等の補償,ダム周辺地域の整備等が実施され,地元住民と協議し合意形成を図りながら生活再建関連事業も行われている。名勝吾妻峡については,指定区域約3.5kmのうち,下流側の約4分の3が八ッ場ダム建設後も現況のまま保存されることとなり,現況のまま保存される区域には,名勝吾妻峡のうちでも最も観光客が訪れる鹿飛橋付近も含まれているのであるから,景観上の影響は小さい。加えて,ダム湖の水質の問題も生じない。


第3当裁判所の判断

原告らの本件訴えのうち,本件建設費負担金,受益者負担金,水特法負担金,基金負担金の差止めを求める請求については,本件口頭弁論終結日である平成21年6月23日までに支出された部分につき訴えの利益を欠くことから,不適法な訴えとして却下を免れないことが明らかである。

したがって,本件訴えのうち,同部分を除くその余の請求について,以下争点ごとに検討する。


1. 争点(1)(被告水道局長及び被告企業庁長が国土交通大臣に対し八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げないことは,地自法242条1項の「財産の管理を怠る事実」に該当するか(請求の趣旨2について)。)について

  1. 原告らは,ダム使用権設定予定者の地位は地自法238粂1項4号の「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」又は同項7号の「出資による権利」であるから,同法237条の「財産」に当たり,ダム使用権設定申請を取り下げないことは同法242条の「財産の管理を怠る事実」に該当すると主張する。
  2.     しかし,地自法238粂1項は,「「公有財産」とは,普通地方公共団体の 所有に属する財産のうち,次に掲げるもの(基金に属するものを除く。)をいう。」として,公有財産の範囲を具体的に定めているところ,これは同 じ「財産」の範疇に属する物品,債権及び基金との区分を明確にし,公有財産の管理体制と責任関係を明確にする趣旨であると解される。そして,同項4号は,公有財産として「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」を掲げているところ,地上権,地役権及び鉱業権は,いずれも用益物権又は用益物権とみなされるものであるから,「その他これらに準ずる権利」とは,法律上確立している用益物権又は用益物権に類する性格を有する権利をいうものと解される。ところで,ダム使用権の設定予定者たる地位は,将来,ダム使用権の設定を受け得るという手続き上の暫定的な地位にすぎず(特ダム法16条2項,17条),実際にダム使用権の設定を受けるには,実体的にダム使用権の設定要件に適合し(同法5条,15条2項),当該多目的ダムの建設に関する基本計画中にその旨が規定される必要があるのであり(同法4条2項5号),以上のような性格を有するダム使用権の設定予定者たる地位をもって,およそ用益物権又は用益物権に類する性格を有する権利であると解する余地はない。
  3. したがって,ダム使用権設定予定者の地位は,地自法238条1項4号の「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」には当たらない。
  4. また,地自法238条1項7号は,公有財産として「出資による権利」を掲げているところ,確かにダム使用権の設定予定者は多目的ダムの建設費の負担義務を負うが(特ダム法7条),その納付先であり,特定多目的ダムの建設主体である,国土交通大臣,すなわち国(同法2粂1項)から,その建設費の負担により,利益配当や残余財産の分配を受けることはないから,多目的ダムの建設費の負担を地自法238条1項7号所定の「出資」ということはできない。
  5. さらに,公有財産は,地自法237条2項,238条の4以下において,その貸付け,交換,譲渡等を制限する規定が置かれているが,そもそもダム使用権の設定予定者た地位について,貸付け,交換,譲渡等の処分がされることはおよそ想定されていないのであって(特ダム法6条,21条参照),地自法237条2項,238条の4以下の規定を適用する余地もないというベきである。
  6. 以上によれば,ダム使用権の設定予定者たる地位は,地自法238条1項4号の「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」であるいは同項7号の「出資による権利」のいずれにも該当しない。
  7. よって,ダム使用権の設定予定者たる地位は,地自法238粂1項4号の「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」,同項7号の「出資による権利」のいずれにも該当しない。
  8. このほか,原告らは,地方公営企業にあっては,地自法242条の「財産」,「債務」という用語は,地方公営企業法20条,同法施行令14条の「資産」,「負債」に読み替えられ,ダム使用権設定予定者としての地位は,地方公営企業法施行規則第2粂の建設仮勘定に属する固定資産であり,「財産」に当たると主張する。
  9. しかしながら,地自法237条は「この法律において「財産」とは,公有財産,物品及び債権並びに基金をいう。」と明示的に定義しており,したがって,同法242条にいう「財産の管理を怠る事実」の「財産」は,公有財産,物品及び債権並びに基金に限られると解すべきであって,地方公営企業法20条,同法施行令14条の「資産」,「負債」の解釈いかんによって,地自法が明示的に定義した「財産」の内容が変容を受けることはおよそ考え難いから,原告らの上記主張は失当であり,ほかにダム使用権の設定予定者たる地位が同法237条及び242灸の「財産」に当たると解すべき理由はない。
  10. 以上によれば,ダム使用権設定予定者の地位は地自法237条の「財産」に該当しないというぺきである。
  11. したがって,本件訴えのうち,被告水道局長及び被告企業庁長が国土交通大臣に対し八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実が違法であることの確認を求める部分は不適法である。


2. 争点(2)(監査請求前置を満たしているか(請求の趣旨5,6について)。)について

  1. 被告水道局長及び被告企業庁長は,原告らが,同被告らに対し,水道事業管理者個人及び工業用水道事業管理者個人に対する損害賠償請求権を行使することを求める住民監査請求を行っていないから,本件請求の趣旨5項及び6項の請求部分について,監査請求前置を欠き不適法であると主張する。確かに,弁論の全趣旨によれば,原告らが形式的に同請求部分についての監査請求を経ていないことが明らかである。
  2. しかしながら,監査請求について規定した地自法242条1項には,住民が監査請求において求めた具体的措置の相手方と同一の者を相手方として右措置と同一の請求内容による住民訴訟を提起しなければならないとする規定は存在しない。また,住民は,監査請求をする際,監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して,必要な措置を講ずべきことを請求すれば足り,措置の内容及び相手方を具体的に明示することは必須ではなく,仮に,採るべき措置内容等が具体的に明示されている場合でも,監査委員は,監査請求に理由があると認めるときは,明示された措置内容に拘束されずに必要な措置を講ずることができると解されるから,監査請求前置の要件を判断するためには,その対象となる財務会計行為又は怠る事実が特定されていれば足り,監査請求書に記載された具体的な措置の内容及び相手方を吟味する必要はないといわなければならない。
  3. また,住民において,その適否が問題とされている財務会計上の行為につき,誰が権限を有する地位ないし職にある者として「当該職員」に該当するのか,また,誰が現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたのかの判定が必ずしも容易でない場合も多いと考えられる。
  4. そうすると,住民訴訟においては,実質的にその対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り,監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも許されると解すべきである。
  5. これを本件についてみると,本件監査請求において,対象となる財務会計上の行為については,千葉県水道局良及び千葉県企業庁長が行った建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金についての支出であることが明示されており,本件訴えにおいてもその点は変わりがないのであるから,本件訴訟における被告と本件監査請求における措置を求める相手方が異なるとしても,なお住民訴訟と監査請求の間には同一性が肯定されると解すぺきである。
  6. したがって,本件訴えが監査請求前置の要件に欠けるということはできないから,被告水道局長及び被告企業庁長の主張は採用することはできず,本件訴えは適法というべきである。


3. 争点(3)(一般会計繰出金の支出に相当な蓋然性があるか(請求の趣旨3(2)について)。)について

  1. 差止請求は,違法な財務会計行為を事前に予防又は是正することを目的とするものであるから,近い将来違法行為がされることが予測される場合でなければ,訴えの利益が認められないと解される。
  2. そして,その当該行為の蓋然性の要件を満たすためには,単に当該行為がされる可能性が漠然と存在するだけでは足りず,その行為がされる可能性が相当の確実性をもって客観的に推測される程度に具体牲を備えていることを要する。
  3. よって,将来の一般会計繰出金の支出がなされる相当程度の蓋然性があるかを検討する必要があり,繰出金の支出の仕組み,繰出金が必要となる理由,これまでの繰出金の実紙などを考慮して,抽象的な可能性ではなく,当該行為がされる可能性が相当の確実性があるかを検討する必要がある。
  4. 証拠(乙241)及び弁論の全趣旨によると,千葉県知事が昭和62年度から平成14年度までに合計17億0700万円を一般会計から千葉県水道局の特別会計に繰り出したことが認められる。
  5. その際の一般会計から水道局の特別会計への繰出金の仕組みを検討するに,証拠(乙235ないし乙241)及び弁論の全趣旨によると千葉県水道局長の千葉県知事に対する上水道事業に係る出資金の出資を求める旨の申請を受けて,千葉県知事は,千葉県水道局に出資することを決定し,これを同水道局に通知するとともに請求書の提出を依頼し,千葉県水道局は,その年度の水道事業出資金請求書を提出し,具体的な出資金の支出に関しては,千集県知事が,当初概算に基づいた額を予算案として千葉県議会に提出し,同議会において議決され,その後,千葉県知事は補正予算案を議会に提出し,同議会において議決されたのち,前記の請求書に基づき,一般会計から特別会計に繰出しが行われてきたことが認められる。
  6. そうすると,千葉県水道局が出資金の出資を求めることにより,議会によって補正予算が組まれ,その一般会計予算に計上された範囲内で,千葉県知事は支出命令等の権限を付与され,一般会計繰出金の支払いがされるものといえる。
  7. 一般会計繰出金は,千葉県知事が水道事業の経営基盤の強化及び資本費負担の軽減を目的として行われるものであり,前述のように千葉県水道局が出資金の出資を求めることにより,議会によって補正予算が組まれ,その一般会計予算に計上された範囲内で,千乗県知事は支出命令等の権限を付与され,一般会計繰出金の支払いがされることからすると,原告らが主張するように,今後も千葉県知事が,上記目的のもと,上記手続きを履践して,一般会計繰出金を支出する可能性はある。しかしながら,千葉県水道局に対しては平成15年度以降一般会計繰出金が支出されていないこと及び千葉県企業庁に対しては一度も一般会計繰出金が支出されていないこと,少なくとも平成15年度以降,これらの繰出金が支出されるための手続が論じられようとした形跡は見あたらないこと(弁論の全趣旨)等からすると,今後,千葉県知事が一般会計繰出金を支出する蓋然性が高いと認められるような事情は認められない。そうすると,千葉県知事が一般会計繰出金の支出等をすることについて,相当の確実性をもって客観的に推測される程度に具体性を備えているとまでは認められない。よって,本件一般会計繰出金の支出に係る同線出金の支出がされる相当程度の蓋然性があるとは認められず,不適法である。


4. 争点(4)(本件訴えが訴権の濫用に当たるか。)について

被告らは,本件訴訟は,原告らが住民訴訟に名を借りて,国の事業の適否を争おうとしているから,住民訴訟として許されない訴訟であり,訴権の濫用に当たると主張する。

確かに,本件訴訟において,原告らは,本件財務会計行為が違法であると主張するに際し,その事由として,八ッ場ダムの不要性等を主張している。

地自法242粂の2の規定に基づく住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第120号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号485頁参照)から,あくまでも地方財務行政における財務会計法上の義務に違反する違法なものであるかどうかが審理の対象となる。もっとも,前記第2の4記載の争点に関する当事者の主張から明らかなとおり,本件訴訟における裁判所の審理・判断の対象はあくまでも本件財務会計行為の違法性の存否及び怠る事実の違法性の存否であるし,原告らもこれらの違法性を主張するためにその前提として八ッ場ダムの不要性等を主張するにすぎないから,地自法が予定する住民訴訟制度を逸脱するものということはできない。よって,被告らの主張は採用することができない。


5. 争点(5)(八ッ場ダムに係る建設負担金、受益者負担金、水特法負担金、基金負担金及び一般会計繰出金の支出は,地自法2条14項,同条16項,同法138条の2,地財法4上1項,地方公営企業法17条の2第2項等に反し違法であるか。)について

  1. 建設費負担金について
  2. ア建設費負担金の支出の違法性について
  3. 特ダム法7粂1項によると,ダム使用権の設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,同項所定の額を勘案して,政令で定めるところにより算出した額の費用を負担しなければならない旨を定めており,基本計画においてダム使用権の設定予定者とされた以上,その者が,建設費負担金を納付する時点で,ダム建設完了後に設定される予定のダム使用権を利用する必要があることを要件としていない。したがって,千葉県が国土交通大臣の納付通知を受けた時点で,千葉県(水道,工業用水道)がダム使用権の設定予定者である以上,ダム建設完了後,千葉県(水道,工業用水道)に設定されることが予定されるダム使用権が千葉県の水道事業に客観的に必要となるか否かにかかわらず,法律上,千葉県(水道,工業用水道)は,建設費負担金の納付義務を負うことになる。したがって,千葉県(水道,工業用水道)がダム使用権の設定予定者であり,国土交通大臣の納付通知がある以上,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は,当該納付通知に従う必要があり,その内容に応じた財務会計行為をすべき義務があるから,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長が,国土交通大臣の納付通知に従って建設費負担金を支出することは,原則として,財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものということはできない。
  4. そこで,前記支出が例外的に財務会計法規上達法となる場合について検討する。
  5. 千菓県は,清浄にして豊富低廉な水の供給をはかり,もって公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを究極的な目的とする水道法(同法1条)に基づく事業を支えるものであるところ,水道は,国民の日常生活に直結し,その健康を守るために欠くことのできないものであり,かつ,水は爵重な資源であることから(同法2条1項参照),千葉県水道局,千葉県企業庁は,地方公共団体として,当該地域の自然的社会的諸条件に応じて,水道の計画的整備に関する施策を策定,実施すると共に,水道事業の適正かつ能率的な運営に努める責務を負い(同法2条の2第1項),給水区域内の需要者からの給水契約の申込みを受けたときは,正当な理由がなければ,これを拒んではならず,給水契約の成立した水道利用者に対し,常時水を供給しなければならない(同法15条1項,2項)のであって,千葉県,千葉県水道局及び千葉県企業庁はこのような水道事業を安定的かつ適正に運営させ,渇水によって県民の生活が極力影響を受けないように努力する責務を負っているといえる。ダム使用権の設定の申請だけでなく,ダム使用権の設定の申請の取下げを検討するについても,このような責務を負っていることを踏まえて行われるべきところ,一般に,ダム建設は,計画から完成に至るまで長期にわたり多額の費用を要するものであるから,ダム使用権の設定の申請に当たっては,将来の経済,社会の発展にも対応することができるよう,長期的な給水区域内の水道需要及び供給能力を合理的に予測した上,水道事業の適正かつ能率的な運営の観点から,その要否を慎重に検討,判断した上ですべきであり,そのような検討,判断がされた上でダム使用権の設定の申請がされた以上は,その後に生じた短期的な事情のみからその判断を変更することは原則として想定されていないというべきである。
  6. そして,地方公営企業は,常に企業の経済性を発揮することを経営の基本原則としているところ(地方公営企業法3条),千葉県水道局長,千葉県企業庁長は,水道事業管理者として,地方公営企業法8粂1項各号に掲げる事項を除くほか,地方公営企業の業務を執行し,当該業務の執行に閲し当該地方公共団体を代表し(同法8条1項),予算の原案の作成,決算の調整,当該企業の用に供する資産の取得,管理,処分,契約の締結,料金等の徴収など幅広い事務を担任し(同法9粂),地方公営企業の業務に関する契約の締結並びに財産の取得,管理及び処分については条例又は議会の議決を要しないとされていること(同法40条1項)にかんがみると,企業の経済性を発揮するためにはこれらの事務の遂行は千葉県水道局長,千葉県企業庁長の合理的な裁量に委ねられているというべきである。したがって,千英県水道局長,千葉県企業庁長が,既にしたダム使用権の設定の申請を取り下げるか否かの判断をするに際して,上記のように千葉県に課せられた給水業務を全うするため,長期的な給水区域内の水道需要及び供給能力を合理的に予測した上,水道事業の適正かつ能率的な運営の観点から,慎重に行われるべきであって,その判断が合理的な裁量の範囲を逸脱したものであるといえない限り,ダム使用権の設定の申請を取り下げないことが違法であるとはいえないというべきである。
  7. そうすると,国土交通大臣の納付通知に従って,建設費負担金を支出する行為が例外的に違法となる場合とは,ダム使用権設定申請の取下げを行わないことが,前記合理的な裁量の範囲を逸脱した場合に限られるというべきである。
  8. これに対し,原告らは,納付通知につき重大な畷庇がある場合には,千葉県水道局,千葉県企業庁長は,その納付通知に拘束されないのであるから,納付通知に重大な暇庇がある場合にそれに従い支出した場合は,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の財務会計行為は違法になると主張する。
  9.   しかし,前記のとおり千葉県(水道,工業用水道)がダム使用権の設定者である以上,納付通知を尊重する必要があるのであるから,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長は.前記責務を前提として,例外的にダム使用権の設定の取下げの判断をしないことにより,その後の財務会計行為が違法となり得ることがあるとしても,納付通知に重大な畷庇があることにより,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の財務会計行為が直ちに違法となるとの論理的関係にはないといえる。そうすると,この点に関する原告らの主張は理由がなく採用することはできない。
  10.   そこで,千葉県水道局長,千葉県企業庁長がダム使用権の設定の取下げの判断をしないことが合理的な裁量の範囲を逸脱したものであるかどうかを次に検討する。
  11. イ水需要予測又は安定水源確保の判断
  12. 前記のとおり,千葉県水道局長,千葉県企業庁長のダム使用権の取り下げをするかについての判断が合理的な裁量の範囲を逸脱したものであるかを検討するにおいては,八ツ場ダムが利水上必要であるとの判断につき,裁量の範囲を逸脱しているか否かを判断する必要がある。そして,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長による,利水の必要性についての判断が裁星の範囲を逸脱しているか否かについては,千葉県水道局及び千葉県企業庁の水需要に関する予測又は安定水源の確保に関する判断が不合理なものであるかどうかを検討する必要がある。
  13. (ア)千葉県水道局について
  14. a証拠(乙266)によれば,千乗県水道局は,平成13年7月6日付けの「長期水需要の見通しと供給計画について」(以下「水道局平成13年予測」という。)において,1日最大給水量たっいて,平成17年度は113万9000㎥/日,平成22年度は121万㎥/日,平成27年度は126万㎥/日と推計したことが認められる。
  15. この推計について,原告らは,水道局平成13年予測は,過去の実績を無視して窓意的に設定された予測値であるとし,その理由として,㈰1日当たりの生活用水,それ以外の有収水量(料金徴収の対象になった水量)について,平成12年度までの実績では減少傾向であるにもかかわらず,水道局平成13年予測では,平成13年度以降,増加すると予測しているのは不合理であること,㈪有収率(有収水量を1日平均給水量で除したもの)について,不当に低い数値を採用していること,㈫負荷率(1日平均給水量を1日最大給水量で除したもの)について,不当に低い数値を採用していることなどを挙げる。
  16. (a)前記のとおり,平成17年度の1日最大給水量の予測が約114万㎥/日であったところ,証拠(乙343)及び弁論の全趣旨によれば,実績が約103万d/日であり,約11万ポ/日の差が生じたことが認められる。
  17. しかしながら,安定的な水需給を実現するために一定の期間の水需要の予測をたてる必要性があることは,前記ア記載のとおりであるから,長期の予測をたてる際に水需要の予測に余裕を持たせることが明らかに不合理であるとはいえないし,予測値は,あくまで計画値であることからすると,実績との差異が生じたことにより,直ちにその予測結果が明らかに不合理なものであるということはできない。
  18. (b)1日平均生活用水量,それ以外の有収水量について
  19. 証拠(乙292,乙343)及び弁論の全趣旨によれば,確かに,水道局平成13年予測において,平成17年度の1日平均生活用水他方,証拠(乙339及び証人高橋豊)及び弁論の全趣旨によると,千葉県水道局は,平成10年度以降は,水需要構造調査を踏まえた水需要構造式により将来の水需要の予測を行うようになり,家族人数,洗濯日数,風呂湯の入替頻度,住居形態(戸建て・集合住宅),洗浄便座の使用の有無を考慮し,1世帯当たりの11]使用水量を求め,国政調査結果から得た平均世帯人員で除して一人当たりの使用水量(生活用原単位)を求め,平成27年度(第5次フルプランの目標年度)の予測に当たっては,節水の意識の高まりによる減少要因は飽和に達し,その後は世帯構成人員が減少するなどの核家族化の進展などにより生活用原単位はあがるなど,減少要因よりも増加要因の比重が大きくなることにより生活用原単位が増加すると判断したことが認められる。
  20. これらの事情からすると,千葉県水道局が減少要因を増加要因が上回ると予測した理由については必ずしも明らかであるとはいえないものの,将来の水需要に影響を及ぼしうる核家族化などの構造的要因を考慮し,生活用原単位が増加すると判断したものであり,水需要を予測するには裁量によらざるを得ない部分があることからすると,千葉県水道局の1日平均生活水星の予測が,明らかに不合理であるとまではいえない。
  21. また,証拠(乙343)によれば,生活用水以外の有水量についても,予測値と実績について差異が生じていた(生活用水以外の有水量のうち,8割を占める業務営業用については,水道局平成13年予測では,平成17年につき13万7300㎥/日と予測したところ,同年度の実績は11万4249㎥/日にとどまる)ことが認められる。
  22. 証拠(証人高橋豊)によると,水道局平成13年予測において,業務営業用水については,大手100社から実態調査を行い,今後の需要動向等を調査し,新規開発分についても考慮して,予測値を設定したことが認められる。前記のとおり,水需要を予測するには裁量によらざるをえない部分があることからすると,千葉県水道局の予測値が生活用水以外の有水量についても,調査に基づき,様々な要因を踏まえて導き出されたものと推認されるのであり,したがって予測値と実績に差異が生じたことにより,直ちに業務営業用水の予測値について,明らかに不合理であるとまでは認められない。
  23. (c)有収率について
  24. 証拠(乙339)によれば,水道局平成13年予測において,千葉県水道局は,有収率は,有効水量(有収水量と無収水量)を1日平均給水量で除した有効率から有効無収率(無収水量を1日平均給水量で除したもの)を差し引いて算出していることが認められる。
  25. 有収率は,原告らが主張するとおり,漏水等を防ぐことにより,数値を挙げることは可能であると考えられる。しかし,その後の漏水調査等の進捗状況は不明であること,有効率は「水道施設設計方針」にある将来目標として望ましいとされている95%を実績において既に超えており,全国でも高い水準にあること,有効無収率は,過去10年間の実績がほぼ一定であること(以上,乙339)などからすると,有収率がほぼ横ばいであるとして予測をたてたことが著しく不合理であるとまではいえない。
  26. (d)負荷率について
  27. また,証拠(乙339)によると,負荷率については,天気,気温等の気象条件や,渇水,都市の性格,企業活動等の社会的条件などの要因が複合的に影響して変動するものであって,偵向分析から将来値を推計することは困難であるところ,負荷率によって算出される1日最大給水量は,水源や浄水場の能力など施設整備の基礎となる数値であり,安定給水確保の観点から負荷率について設定すべきであると判断し,負荷率は,平成10年7月に実施した水需要推計を基本として計算したところ,実績期間(平成2年度〜平成11年度)の負荷率の最低値とほぼ同値となったことが認められる。
  28. この点について,原告らは平成11年から平成16年の5年間の平均は約85%であるから,負荷率は少なくとも85%とすべきと主張するが,負荷率は,年度により変動するものであり,平均値を採用することが合理的であるかについても疑問がある。よって,このような事情からすると,安全性を考慮して,計画負荷率を実績期間の最低値とはぼ同値にしたことが,明らかに不合理であるとまでは認められない。
  29. (e)以上によると,水道局平成13年予測が明らかに不合理な推計であると認めるのは困難である。また,千葉県水道局は,平成13年の水需給計画を策定後,平成16年3月に同計画を変更し(甲9),平成18年2月に中期経営計画を策定した(乙298)ことが認められるが,これらの変更及び計画についても,千葉県水道局の予測が明らかに不合理であることを推記させるような事情は認められない。
  30. b証拠(乙343)によれば,その後,千葉県水道局が新たな水需要予測として,平成20年5月12日付けで「長期水需給の見通しについて」(以下「水道局平成20年予測」という。)を策定し,将来の水需要のピークとして,平成31年度に1日最大給水量113万5900㎥/日になると推計したことが認められる。そして,この点について,証拠(乙339)及び弁論の全趣旨によれば,千葉県水道局は,水源の安定供給可能量について,「2/20渇水年における供給可能量の低下」を考慮すると,千葉県水道局の開発計画水量は約86%に低下することが想定され,確保した水源量は123万8600㎥/日から106万6700㎥/日にまで低下し,上記需要量113万5900㎥/日を満たすことができない状況が見込まれると判断したことが認められる。
  31. 原告らは,水道局平成20年予測における平成27年度の1日最大給水量等の予測値については,原告らが算出した予測値に近いものであるが,被告らが保有水源の評価において採用している「2/20渇水年における供給可能量の低下」の理論は,八ッ場ダムの水源開発を正当化する理論にすぎず,不合理であると主張する。
  32. 「2/20渇水年における供給可能量の低下」は,国が第5次フルプラン(乙355,乙346の1ないし2),国土審議会(乙303)等で示したものであるところ,原告らは,この計算において,還元量を設定していないことなどから,この計算については,不合理であると主張するが,証拠(乙403)によれば,国交省は,実測流量には上涜で取得された既得の都市用水等の還元量が既に含まれており,新規開発水については,事前に還元量を把握することは困難であるから,還元量を考慮しないとの判断をしていることが認められ,これにも一定の合理性が認められる。
  33. また,「2/20渇水年における供給可能量の低下」とは,渇水時における供給可能量を検討することであるが,証拠(乙9,乙404)によれば,被告らは,昭和63年2月2日に閣議決定された第4次フルプラン,平成11年6月に策定された「新しい全国総合水資源計画」において,近年の渇水の発生状況及び今後の検討の必要性について言及しており,従前から,渇水時の供給可能量について検討する必要があるとしていたことが認められ,したがって,「2/20渇水年における供給可能量の低下」が,八ッ場ダムの水源開発を正当化するための理論であるとの原告らの主張は理由がない。
  34. そうすると,「2/20渇水年における供給可能量の低下」を考慮し,保有水源を計算することが明らかに不合理であるとの事情は認められない。
  35. 以上によれば,水道局平成20年予測が明らかに不合理な推計であるとは認められない。
  36. c原告らは,千葉県水道局は保有水源について適正な評価をしておらず,江戸川・中川緊急暫定,農業用水合理化及び地下水を保有水源と評価し,上水道の利用率を96.5%にすれば,保有水源は119万㎥/日であり,八ッ場ダム等の新規水源は不要であると主張する。
  37. 証拠(甲10,乙339,乙342の1ないし4)によれば,千葉県水道局では,江戸川自涜(給水量換算8万7000n了/日),利根川河口堰(同28万6500㎥/日),利根川上流既存ダムである川治ダム(同16万1100㎥/日)と奈良俣ダム(同3万9400㎥正/日),県内ダムの高滝ダム(同9万㎥/日),房総導水路の東金・長柄ダム(同4万1000㎥/日。取水浄水施設が未了のため未利用。)の合計70万5000㎥/日に,北千葉広域水道企業団及び君津広域水道企業団からの受水(同28万8000㎥/日),農業用水の余剰水を上水道に転用した農業用水合理化(同3万9000㎥/日),現在建設中の八ッ場ダム(同8万1400㎥/日)及び同じく建設中の湯西川ダム(同12万5200㎥/日)を加えて,123万8600㎥/日が保有水源として確保されているとしていることが認められる(これに「2/20渇水年における供給可能量の低下」を考慮すると,千葉県水道局の確保した水源量は106万6700㎥/日となる。)。
  38. 証拠(乙348)によれば,江戸川・中川緊急暫定の水利使用については,河川法23条に基づき,千葉県が固から許可を受けて暫定豊水水利権として使用しているが,許可の条件等の具体的な内容については,水利使用規則に定められ,そこでは暫定取水量1.46㎥/砂については,新たな水源措置が講ぜられるまでの間の緊急かつ暫定措置として水利権が許可されたものとされていることが認められる。このことからすると,確かに原告らの主張するように40年以上にわたり取水されてきたとしても,千葉県が江戸川・中川緊急暫定をどの程度,いつまで水利権として利用できるのか明確ではなく,千葉県水道局が,江戸川・中川緊急暫定を安定水利権であると判断しないことが不合理であるとまでは,認められない。
  39. また,原告らは,農業用水合理化の非かんがい期の水利用について,取水量が小さくなることから,取水に支障を来すことはなく,非かんがい期(10月から翌年3月まで)のためにダム計画に参加して水利権を獲得する必要はないと主張するが,弁論の全趣旨によれば,農業用水合理化による水利権は,現在,かんがい期(4月から9月まで)のみ取水できるものにすぎず,原告らが主張するように利根川自流からの取水が許可されるかは不確定なものにすぎないことが認められる。そうすると,年間を通して安定した給水をするために,非かんがい期の水利権を獲得す.る必要がないとはいえない。さらに,原告らは,地下水を利用するべきであるとして,環境省水・大気環境局がまとめた「平成18年度全国地盤沈下地域の概況」の一部分を引用し,問題とすべき地盤沈下は年間2皿以上の沈下であり,地下水の利用が可能であると主張する。
  40. しかし,証拠(乙363)によれば,一度沈下した地盤はもとに戻らず,建造物の損壊や洪水時の浸水増大などの被害をもたらす危険性があり,したがって,年間2cm以下の地盤沈下についても問題がないとはいえないことが認められる。また,千葉県環境保全条例等に地下水採取規制の効果により,地盤沈下が沈静化しているとも考えられる。加えて,暫定井(千葉県環境保全条例第41粂2項に基づく例外許可井)は,本来,永続的に利用されることを予定しているものではなく,今後,利用可能であるとまではいえない。
  41. したがって,地下水を安定的な保有水源であると判断しないことが不合理であるとまでは認められない。
  42. 以上によると,千葉県水道局の保有水源の評価が明らかに不合理であるとは認められない。
  43. (イ)千葉県企業庁について
  44. a上記第2の2の前提事実に加えて証拠(乙340,乙354)によれば,千葉県企業庁には,7つの地域の工業用水道事業(東葛・葛南地区,五井市原地区,五井姉崎地区,千葉地区,房総臨海地区,木更津南部地区及び北総地区の7つの工業用水道事業)があること,各工業水道事業は,個別原価主義の下で,各地区事業ごとに,受水企業からの申込水星に基づき水源を確保し,それぞれ必要な施設(取水,導水,浄水,送水,配水等)の建設を行い,それらを基に工業用水の料金を設定し,工業用水道の水源費,建設費等を各入水企業の契約水量分の料金から回収していること,千集地区工業用水道事業の契約水量は,昭和60年時点で12万4800㎥/日であったのに対し,昭和46年度の給水開始以来,千葉地区工業用水道事業の水源のうち利根川河口堰(給水量5万1400㎥/日)だけが確定していただけで,残りは未確定水漉のまま暫定豊水利水権で取水しており(千葉地区工業用水道事業では,給水を開始した昭和46年度から施設能力12万5000㎥/日の全量が契約されていたが,当時水源が契約水量全量分確保できなかったことから,将来開発される利根川水系の水源開発を見込んで暫定水利権を得て給水を開始した。),工業用水道事業の安定化のためには,未確定水源について早急な水源の手当が必要であったこと,そこで,八ッ場ダムの基本計画策定時の昭和60年に,費用負担者である受水企業の了解を得て,八ッ場ダム計画へ取水量0.23㎥/秒(給水量1万8400㎥/日)をもって参画し,第2回計画変更時の平成16年に,0.47㎥/秒(給水量3万7700㎥/日)に変更したこと,以上の事実が認められる。
  45. これらの事実によれば,千葉県企業庁が八ッ場ダム事業に参画した経緯や事業は,千葉地区工業用水道事業の契約水量を満たす安定水源を確保するためであることは明らかであり,また,その必要性も認めることができる。
  46. b原告らは,平成14年8月2日付け「工業用水に係る長期水需要の見通しと供給計画について」,平成20年3月27日付け「長期水需給の見通しについてについて」は,工業用水についての需要が横ばい状態であるにもかかわらず,千葉県企業庁は,上昇傾向の予測をしており,不合理であると主張する。
  47. この点について,被告は,千葉県企業庁は,上記a記載のとおり各地区工業用水道事業ごとに水源を確保しており,千葉地区工業用水道事業について,受水企業との契約水量を供給するために八ッ場ダム等の水道を必要とすると判断したのであるから,上記の千葉県企業庁の水需要予測は,単に今後の水需給の動向をみるためのものにすぎず,本件事業への参画の問題とは関係がないと主張する。
  48. しかし,今後の経済情勢の変化や工業用水事業のあり方の推移等が将来の契約水量の変動に影響をもたらす可能性は否定し難いというべきであることや,千葉県企業庁は,管轄する工業用水全体の視点に立って,千葉地区工業用水事業の水需要の必要性を検討する必要がないとはいえないことからすれば,千葉地区工業用水道事業の契約水量のみを基準として,本件事業への参画の必要性があるかどうかを判断するのは相当ではないというべきである。よって,被告の上記主張は採用できない。
  49. そこで,千葉県企業庁が作成した平成14年8月2日付け「工業用水に係る長期水需要の見通しと供給計画について」,平成20年3月27日付け「長期水需給の見通しについて」も検討する。
  50. 証拠(乙267,乙342の2)によると,千葉県企業庁の水需要予測には,平成14年8月2日付け「工業用水に係る長期水需要の見通しと供給計画について」があり,これによると,平成27年度の1日平均給水量は約83万5000㎥/日,1日最大給水量は約108万8000㎥/日とされたことが,また,証拠(乙356)によれば,千葉県企業庁は,平成20年3月27日付け「長期水需給の見通しについて」において,1日平均給水量については,平成27年度約78万9000㎥/日,平成32年度約79万5000㎥/日,平成37年度約79万8000㎥/日,1日最大給水量については,平成27年度約103万1000㎥/日,平成32年度約103万9000㎥/日,平成37年度約104万3000㎥/日と推計したことが,それぞれ認められる。
  51. 千葉県企業庁が確保した水源量は給水量ベースで約115万1000㎥/日である(乙345,乙344の2)ところ,証拠(乙340,乙354)によれば,千葉県企業庁は,国が第5次フルプラン等で示した「2/20渇水年における供給可能量の低下」を考慮すれば,安定可能量は約101万7000㎥/日となり,前記需要量を満たすことができずまた,千葉県企業庁の工兼用水の契約水量は,県全体で約109万9000ポ/日であり,契約水量に対し不足することが見込まれると判断したことが認められる。
  52. もっとも,原告らは,千葉県企業庁が行った上記水需要予測は,上記のとおり,合理性がないと主張する。
  53. そこで検討するに,千葉県企業庁は,千葉県の工業統計の製造品出荷額等及び工業用水使用量を用い,経済成長率を考慮した製造品出荷額等に工業用水使用料から割り出した用水原単位を乗じて使用量(1日平均給水量)を算出し,過去の負荷率の実績から1日最大給水量を算出しており,この予測において増加の見込みとしたのは,経済成長率の伸びを考慮して将来の製造品出荷額等が増加すると見込んだことに加え,安定供給のため安全サイドに立ち過去の実績から最小の負荷率を採用して1日最大給水量を算出したためであることが認められる(乙340,乙354)。そして,この方法によった予測値と実績値との間に差異が生じていることは,原告らの主張のとおりであるが,前記のとおり,千葉県水道局における予測値と同様に,千葉県企業庁は安定した水道の供給をする責務を負っているのであり,長期の予測をたてる際に水需要の予測に余裕を持たせることが明らかに不合理であるとはいえない。加えて,予測値は,あくまで計画値であることからすると,実績との差異が生じたことにより,直ちに予測値が明らかに不合理であるとまではいえない。
  54. さらに,原告らは,上記両予測値について,経済成長率を工業用水の基礎指標とすること自体に初歩的な誤りがあると主張する。
  55. しかしながら,経済成長率に伴い,工業用水道使用料が増減するとし,これを基礎事情の一つとするとの判断が明らかに不合理であるとまでは認められない。
  56. また,原告らは,千葉地区工業用水道事業について水漁の必要性があるとしても,千葉関連4地区において,事業間で水源を融通することにより,水源が確保できると主張する。確かに,平成20年3月に千葉県企業庁が策定した「千葉県工業用水道事業中期経営計画」(甲55)によれば,上記4地区においては配水管が管網化され,最も効率的,経済的な給水方法を行う「水運用」が行われることとしたことが認められるし,各地区事業間で水源を融通できれば,水源確保につながるとも考えられる。
  57. しかし,それについては,これまで各地区事業ごとに行っていた水道事業について,大幅な変更が必要であると共に,受水企業の負担に変更がある場合には同意も必要であることが考えられ(乙403),原告らの主張する各地区事業間での水源の融通が可能であることが明らかではない上,それを行わないことが千葉県企業庁の裁量を逸脱していると認められるような事情はない。さらに,前記のとおり,「2/20渇水年における供給可能量の低下」を考慮し,保有水源を計算することが不合理であるとまでは認められない。
  58. ()渇水について
  59. また,原告らは,最近渇水による生活及び産業等への影響は減少しており,渇水があったとしても被害は大きくないと主張するが,渇水による減圧給水や給水時間制限等が,住民の生活に支障を来すことがないと認めるに足りる証拠はなく,どの程度の渇水について住民に受忍してもらうかは,水道行政の裁量の範囲及び政治的な判断の範囲に止まるというべきである。したがって,千葉県水道局及び千葉県企業局が,渇水による生活及び産業等への影響は深刻であるとして,渇水が生じないように給水の安定的確保を図ることが不合理であるとまでは認められず,原告らの主張は採用できない。
  60. ウ建設費負担金に関するまとめ
  61. 原告らは,その他にも,フルプラン及び千葉県の水需要予測が不合理であること等を主張し、これに関する証拠(証人嶋津暉之,甲23,甲24,
  62. 甲25等)を提出するが,仮にこれらの主張や証拠をしんしやくしてもなお,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の本件事業につき,利水上の必要性があるとの判断が合理的な裁量の範囲を逸脱しているとまでは認めるに足りない。
  63. 以上によれば,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の本件事業につき,利水上の必要性があるとの判断が合理的な裁量の範囲を逸脱したものであるとまでは認められない。よって,千葉県水道局長及び千葉県企業庁長が,八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げないとの判断が合理的な裁量の範囲を逸脱したものであるとはいえず,建設負担金についての千葉県水道局長及び千葉県企業庁長の支出等がその職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされる違法なものということはできない。
  64. 受益者負担金について
  65. ア受益者負担金の支出の違法性について
  66. 受益者負担金は,河川法60条1項,64粂1項により,国土交通大臣が都府県に負担させることができるとされているものであり,同法施行令38粂1項の通知の性格は,国土交通大臣が発する具体的な費用負担の命令であると解されるから,千葉県知事は,原則として前記通知を尊重する義務がある。しかしながら,その通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の観点から看過し得ない瑕疵の在する場合においても,前記通知に拘束されるとはいえず,この場合においては,これを拒むことが許されるものというべきである。
  67. もっとも,一般的に先行する原因行為に違法事由が存する場合であったにしても,それにより直ちにその後の財務会計行為が違法となるわけではなく,原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が,財務会計法規上も義務に違反する違法なものであるときに限り,地自法242粂の2第1項4号に基づく損害賠償の請求を求めることができると解される(最高裁昭和61年(行ツ)第133琴平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁)。
  68. そうすると,千葉県知事がする支出に関する行為が違法になる場合とは,上記通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない礪庇が存し,千葉県知事がする支出に関する行為がその職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされる場合をいうものとと解される。そして,地自法242条の2第1項4号に基づく損害賠償請求のみならず,同条の2第1項1号に基づく差止請求においても,財務会計行為の違法性の判断に関してはこれと異なる解釈をすべき理由はない。
  69. 原告らは,この点について,地方財政法25条3項が,国が地方公共団体の負担金を法令の定めるところに従って使用しなかったときに,地方公共団体は,国に対し,負担金の支出を拒否し,また支出済みの負担金の返還を請求することができる旨定めていることから,千葉県知事が同条項に基づく支払拒否権を行使しないまま,固からの納付通知に対応して浸然と支出命令をすることは財務会計法規上の義務に違反すると主張する。
  70. しかしながら,原告らの同主張の趣旨は,八ッ場ダムの建設事業に支出するには,治水上の利益がない等の理由から,この事業に公金を支出することは,地自法2粂16項等に反するとの主張であると解されるところ,このような主張内容であるとすれば,地方財政法25条3項が予定する,国が千葉県の納付する受益者負担金を法令の定めるところに従って使用していない場合には当たらない上,国が千葉県の納付する受益者負担金を法令の定めるところに従って使用していないことを認めるに足りる証拠もないから,原告らの主張は採用することができない。
  71.   そして,本件における国土交通大臣の通知につき,通知自体に積庇があるといった事情は認められないし,原告らが主張するのは,前記のとおり,これらの通知のさらに前提となる利棍川水系工事実施基本計画及び利根川水系河川整備基本方針自体の暇疲,あるいは,八ッ場ダムの建設に関する基本計画ないしこれらに基づき建設される本件建設事業それ自体の畷庇であるといえるから,結局,前記国土交通大臣のする通知が著しく合理性を欠き,そのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない暇庇の存する場合とは,本件事業それ自体の贋庇が重大かつ明白であって,利根川水系工事実施基本計画等が無効であるといった特段の事情がある場合に限られると解するのが相当である。
  72. したがって,以下においてはかかる特段の事情があるか一について,検討する。
  73. イ八ッ場ダムの治水対策上の必要性について
  74. ()治水対策上の必要性を基礎づける事実について
  75.   証拠(乙1,乙39)及び弁論の全趣旨によれば,利根川上涜は大きく分けて,奥利根川流域,吾妻川流域及び鳥・押流川流域に分けられ,このうち吾妻川流域は全流域面積の約4分の1を占め,過去に多くの降雨が発生していること,利根川上流で洪水調節機能を持つダムは,奥利根川流域に5つ,鳥・神流川上流域に1つあるが,吾妻川流域には八ッ場ダム以外になく,しかも八ッ場ダムの洪水調節流量6500万㎥は,利根川水系の既設6ダムの洪水調節容量全体1億1484万㎥の約6割に相当すること,以上の各事実が認められる。
  76.     また,証拠(乙256の1,乙284,乙350の1)及び弁論の全趣旨によれば,現在の治水計画である利根川水系利根川水系河川整備基本方針では,基準地点である八斗島において,基本高水ピーク流量2万2000㎥/秒のうち,5500㎥/秒を上流のダム群で調節することとし,八ッ場ダムはその一翼を担っていること,八斗島における基本高水ピーク流量2万2000㎥/秒は,昭和22年のカスリーン台風が再来した場合の洪水流量2万2000㎥/秒と1/200確率流量2万1200㎥/秒に基づいて設定されたこと,カスリーン台風が再来した場合の洪水流量2万2000㎥/秒は,支川の合流などを考慮して流域をいくつかの小流域に分割し,各支流ごとに貯留関数法(国交省が管理する河川の洪水の流出計算で一般的に使用されている手法であり,流域内の降雨がその流域に貯留され,その貯留量に応じて流出量が定まると考えて流出量を推計する流出解析の手法)による流出計算を行い,それらの時差を考慮しながら合流させて基準地点の洪水流量を計算するという流出計算モデルにより算定されたこと,1/200確率流量2万1200㎥/秒は,総合確率法(地域分布や時間分布が異なる多くの降雨パターンの実績降雨を代表降雨群とし,それらを任意の確率規模の雨量に引き伸ばし,これらが降雨として生じたものと仮定し,各ケースごとに流出計算を行い,求められた洪水流用群を統計処理して,必要とする確率規模の洪水流量を算出する手法)により算定されたことが認められる。
  77. ところで,河川整備基本方針は,水害発生の状況,水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し,かつ,国土形成計画及び環境基本計画との調整を図って,水系に係る河川の総合的管理が確保できるように定めなければならない旨定められ(河川法16粂2項),その内容の客観性及び公平性を確保すべく,国土交通大臣が河川整備基本方針を定めようとするときは,あらかじめ,社会資本整備審議会の意見を聴かなければならない旨定められているところ(同条3項),証拠(乙286,乙287)及び弁論の全趣旨によれば,利根川水系河川整備基本方針は,平成17年12月19日に社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針小委員会において審議された上で定められたことが認められる。
  78. そして,上記基本方針の策定手続きに暇庇があることをうかがわせる証拠は何ら存在しない。
  79. (イ)基本高水ピーク流量について
  80. a原告らは,国土交通大臣は,カスリーン台風の実績洪水流量を近傍の複数の観測値を単純に合計した1万7000㎥/秒としているが,河道貯留効果を考慮すれば1万5000㎥/秒であったと考えられ,八斗島上流部での氾濫流量1000㎥/秒を考慮しても,計画高水流量とほぼ同等の1万6000㎥/秒程度にしかならないこと,現況においてカスリーン台風がきても八斗島地点でのピーク流量は1万6750㎥/にしかならないことからすると,利根川水系河川整備基本方針に定められた八斗島における基本高水のピーク流量2万2000㎥/秒(以下「本件高水ピーク流量」という。)は過大であると主張する。
  81. bまず,この基本高水ピーク流量とは,洪水防御の目標とする計画規模の流量であり,流域の大きさ,地域の社会的経済的重要性,想定される被害の量と質,過去の災害の履歴などの要素を総合的に考慮して定められるものであり(弁論の全趣旨),国土交通大臣に一定の裁量が認められると解される。
  82. そして,本件基本高水ピーク流量は,昭和22年9月のカスリーン台風以降,利根川上涜域の各支川が,災害復旧工事や改修工事により河川の洪水流下能力が徐々に増大し,従来上涜で氾濫していた洪水が河道により多く流入しやすくなり,下流での氾濫の危険性が高まったこと,また,都市化による流域の開発が上流の中小都市にまで及び,洪水流出量を増大させることとなったことなど,昭和24年2月の利根川改修改訂計画(同計画では,利根川の基本高水のピーク流量を,八斗島地点において1万7000㎥/秒と定めていたが,これは同地点の涜畳観測の実測値がないため,同地点より上流の当時実際に流量観測された3地点の実測値などから推計したものである。)から30年が経過して利根川を取り巻く情勢が一変したことを踏まえるとともに,その時点において想定される将来の河道断面等に基づき,洪水調整施設がないという条件で検討した結果により,算出されたものである(乙256の1,乙284,乙353の1,弁論の全趣旨)。
  83. したがって,本件基本高水ピーク涜量とは,カスリーン台風の実績洪水流最をそのまま基礎とするものではなく,カスリーン台風の実績洪水流星や現況の河道断面で現況の洪水調節施設があるという条件での計算流星(1万6750㎥/秒)と単純に比較することはできないものであるし,また.上記算出方法に直ちに不合理な点があるとはいえないと考えられる。
  84. この点について,原告らは,利根川上流域の状況が,カスリーン台風当時と現在とで大差がないと主張する。
  85. しかし,原告らが提出する報告書等(甲B54,甲B63,甲B67,甲B68,甲B71)は,利根川上流域の一部について調査したものにすぎない上,被告が提出する報告書(乙290)を踏まえるとその調査範囲においても堤防の状況に一切変化がなく,災害復旧工事や改修工事による変化が無かったとは認められない。
  86. また,「利根川推計工事実施基本計画」(乙350の2参考資料㈰,乙353の2参考資料㉀),「利根川水系河川整備基本方針」(乙284)においては,利根川流域の経済的,社会的発展にかんがみ,近年の出水状況から流域の出水特牲を検討したことが認められ計画流量を算出するにあたり,将来の上流域の改修についても考慮し,基本計画水量が定められたと推認される(乙3,乙284,乙350の2,乙353の2)。
  87. そうすると,本件基本高水ピーク流量は,昭和55年までの状況変化を踏まえたうえで,昭和55年時点での河川整備に対する社会的要請や今後想定される将来的な河川整備の状況等を総合的に検討し,総合的な洪水防衛の計画値として設定されたものであり,したがって,本件基本高水ピーク流量を定めた時点における上流域の状況は,これを算定する上で一要素になり得るものの,その時点や現在の時点において上流域の河道の改修に大きな変化がないことにより,本件基本高水ピーク涜量が不合理な数値であるとまでは断ずることはできない。
  88. また,原告らは,カスリーン台風時の八斗島上流部での氾濫流量が1000㎥/秒程度であり,大規模な氾濫は無かったと主張し,その根拠として証拠(甲B55,甲B56)を提出している。しかし,同証拠の作成者である大熊孝が,八斗島上流部の氾濫について現地調査を行ったのは昭和45年4月以降であり,その現地調査の方法は現地で,そこに住んでいる人に昭和22年の水害状況がどうであったかを聞いていったというものであったことが認められる(甲F3)。
  89. そうすると.同調査は,カスリーン台風から20年以上を経過した時点において住民から記憶や印象を聞き取る方法により行われたものであって,これらの調査から,客観的に大規模な氾濫がなかったこと及び氾濫量が1000㎥/秒であったことが認められるかどうかは疑問があり,その信用性は高いとはいえない。
  90. 加えて,原告らが主張する1万5000㎥/秒という数値自体も推計値にすぎない上,その他にカスリーン台風時の八斗島上流部での氾濫量が1000㎥/秒であったと認めるに足りる的確な証拠はない。
  91. したがって,原告らが主張するように,カスリーン台風時の実績洪水流量が1万6000㎥/秒であったと認めることはできない。Cまた,原告らは,カスリーン台風の洪水流量の算定に用いた貯留関数法による涜出計算モデル及び1/200確率流星の算出に使用した総合確率法に科学的根拠がないと主張する。
  92. しかしながら,原告らの主張は,結局のところ,算定された洪水流量や確率流量が過大であること,昭和45年報告書における再来流量(カスリーン台風が再来した場合の洪水流量)2万6900ポ/秒も貯留関数法による同様の計算モデルに基づくものであるが,大きく数値が異なることから算定方法自体に信用性がないこと,国交省関東地方整備局が必要な資料の開示を拒否しているために検証ができないことを指摘するにすぎず,これらの指摘は単なる推測の域を出ないものであって,これら指摘に係る事情によって,本件において用いられた流出計算モデル自体に科学的根拠がないことを推諾することができるものではない。よって,原告らの主張を採用することはできない。
  93. (ウ)利根川の治水計画について
  94. 原告らは,八ッ場ダムの洪水調節効果が約600㎥/秒にすぎないことから,利椴川の治水計画が破綻していると主張するが,治水計画は他の事業等を総合的に考慮し進行されるものであり,八ッ場ダムの洪水調節効果及びその他のダムの洪水調節効果によっては,治水計画の洪水調整量に及ばないことから,直ちに,利根川の治水計画が破綻していると
  95. は認められず,原告らの主張を採用することはできない。
  96. (エ)八ッ場ダムの治水効果について
  97. 原告らは,カスリーン台風が再来した場合の八ッ場ダムの治水効果はゼロであり,他の大洪水において八ッ場ダムが治水効果を持つのは極めてまれであることから,治水効果はないと主張する。
  98. 確かに,カスリーン台風が再来した場合においては,八ッ場ダムの治水効果はないと認められるが(甲B9,甲B62),本件で問題となるのは,カスリーン台風と同程度の規模の台風が利根川上流部のいずれかの地域を通過した場合における八ッ場ダムの治水効果の有無であって,
  99. カスリーン台風が再来した場合に限り,治水効果の有無を論じるのは妥当ではない。
  100. また,証拠(甲B9,甲B62,乙281)及び弁論の全趣旨によると,上流ダム群による洪水調節効果は降雨パターン(地域及び時間分布)により様々であるが,過去に発生した代表的な31洪水における上流ダム群による八斗島地点の洪水調節効果星を見ると,既設6ダムでは洪水調節効果が大きくは見込めない降雨パターンで,八ッ場ダムは洪水調節効果を発揮することが認められ,八ッ場ダムに治水効果がないとは認められない。
  101. 八ッ場ダムの洪水調節効果昼の算定の基礎である流域平均3日雨量は,100mm以上の洪水を対象に,3日雨量が1/200確率規模(319mm)に合致するよう,各時間降雨を一定率に引き伸ばしているところ,原告らは,これらの数値につき,引き伸ばし率が2倍を超えている数値が多く含まれており,八ッ場ダムの必要性を窓意的に根拠づけようとしているものであると主張する。
  102. しかし,建設省河川砂防技術基準(案)同解説計画編(平成9年改訂版)(乙256の2参考文献㈺),国交省河川砂防技術基準同解説計画編(乙256の2参考文献㈯)においても,引き伸ばし率が2倍以上とすることを制限しているとは認められず,引き伸ばし率が2倍以上とされたときに,具体的にその計算が不合理なものとなるかどうかについては明らかではない。そうすると,引き伸ばし率が2倍以上の数値を採用したことにより,八ッ場ダムの効果量の算定の基礎が不合理になるとまではいえない。
  103. また,原告らは,八ッ場ダム洪水調節計画(甲B55図15)における八ッ場ダムの最大流量を3,900㎥/秒とする計算が過大であると主張するが(甲B55,甲B76),原告らが比較する平成13年9月及び平成19年9月の出水は,それぞれ流域平均3日雨量で341mm,323mmの降雨があったが,八ッ場ダム地点の洪水のピーク流量にどのように影響する降雨であったか不明確である上,もともと治水計画が実績のみにより決定されるものでない以上,八ッ場ダムの最大流量を3,900㎥/秒としたことが明らかに不合理であるとはいえない。
  104. 原告らは吾妻渓谷に洪水調節機能があることを考慮すべきと主張するが,国交省が吾妻渓谷の洪水調節機能を考慮していないとは認められない。
  105. 加えて,原告らは,現況において,計画降雨があった場合の八斗島地点でのピーク流量は1万6750㎥/秒であるから,八ッ場ダムは不要であると主張するが,将来の河川整備等により,ピーク流量は変化する可能性があり,現況のピーク流量のみを単純に比較して,八ッ場ダムに治水上の効果がないとは認められない。
  106. (オ)小括
  107. 以上のほか,原告らは,治水対策上の必要性がないことにつき種々の主張をするが,いずれも八ッ場ダムの建設に関する基本計画あるいはこれらに基づき建設される八ッ場ダムそれ自体の瑕疵が重大かつ明白であって,八ッ場ダムの建設に関する基本計画が無効であるなどの特段の事情を認めるに足りない。
  108. よって,治水対策上の必要牲がない旨の原告らの主張は,理由がないことになる。
  109. ウ八ッ場ダムの危険性について
  110. 原告らは,八ッ場ダムのダムサイト周辺の岩盤・地質はダムを建設するための適格がないこと及び貯水池周辺に地すべりの危険性が高いことから,八ッ場ダムには危険性があると主張するので,この点について検討する。
  111. ()ダムサイトの岩盤・地質の安全性について
  112. a基礎岩盤の脆弱性について
  113. 証拠(甲Dl,乙275の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,国交省は,八ッ場ダムの岩級区分基準を岩の硬柔,割れ目間隔及び割れ目性状という3つの要素に着目し定めており,良好な順にB級,CH級,CM級,CL級,D級に分類している。
  114. そして,証拠(甲Dl,乙275の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,国交省は,八ッ場ダムのダムサイト地盤について,基礎岩盤は全体にB級岩盤を主体とし,地表に近づくに従いCH級,CM級,CL級岩盤からなっていて,ダム高が最も高く(水深が最大)なり,最も大きなせん断強度が必要となる渓谷中央部の河床から両岸の斜面にかけては,地表から概ね5〜10mの堀削除去される範囲にCM級岩盤がみられるが,その下部のダム基礎となる部分はB級を主体とした十分なせん断強度を有する岩盤であると判断していることが認められる。
  115. ここで,原告らは,国交省は,八ッ場ダムのダムサイトの基礎岩盤の割れ目の多さ,ルジオン値の大きさについて適正な評価をせず,岩級区分をしており,正しい岩級区分を行えば,八ッ場ダムサイトの基礎地盤は,総じて脆弱であり,十分な強度を備えていないことが明らかであると主張する。しかし,岩級区分とは,ダムの設計に必要な地質情報の評価を行うためにダムごとに行われるものである(乙275の1)。そして,前記のとおり,本件岩級区分においては,割れ目間隔及び割れ目の性状に着目するとされており,割れ目の存在を無視又は軽視したとまではいえない。そして,このことは,原告らが河床標高より深部でさえも多数の開口割れ目の存在が確認されているとの主張の収拠にしている「H14ダムサイト地質解析業務報告書」(甲Dl)において,原告らの主張する割れ目の存在を前提として織り込んだ上で,基礎岩盤は全体としてB級岩盤を主体とし,また,渓谷中央部のダム基礎となる部分はCH級及びB級からなることを明らかにしていることからしても,国交省による上記判断が不合理であるとまでははいえない。
  116. そして,ルジオン値は,岩盤の透水性を評価する指標(ポーリング孔1mに水を1c㎥当たり10kgの圧力で注入したときに毎分何リットルの水が注入されるかを測定する試験で,毎分1リットル注入できれば1ルジオンとなる。)であり,岩級区分とルジオン値は,それぞれが岩盤の評価として異なるものであるから(乙275の1),単純にルジオン値が大きいところの岩級区分はランクが低くなるということはできない。
  117. しかし,ルジオン値が高いことは,一般的に基礎岩盤の割れ目の多さを推測させるものであるといえるから,このことからすると八ッ場ダムの岩級区分とルジオン値に相関関係があることは否定できず,岩級区分の判断が,ルジオン値の値から全く影響を受けないとはいえない。
  118. しかしながら,原告らは,ルジオン値が20以上とされている場合,これらの箇所の岩級区分につき,CL級と見直すべきであると主張するところ,前記の「H14ダムサイト地質解析業務報告書」においても,八ッ場ダムサイトにおける岩級区分について,ルジオン値をその基準とするものではなく,B級の説明として「ルジオン値は『概ね』2未満である」,あるいはCL級の説明として「ルジオン値は20以上を『主体とする』」といった幅のある表現しかされておらず,またCM級やD級においてはルジオン値に基づく説明しかされていないこと(甲Dl)からすると,ルジオン値が20以上であることから直ちに岩級区分をCL級に見直さないことが不合理であるとまでは認めることはできず,このような岩級区分の方法が不合理であると認めるに足りる証拠はない。
  119. b基礎岩盤の透水性について
  120. 原告らは,八ッ場ダムのダムサイトは,河床直下,左岸側,右岸側のいずれも透水性が高い脆弱な岩盤であり,グラウチング工法(セメントミルク注入)をもってしても対処することは不可能であると主張する。しかしながら,まず,証拠(乙372の1)によれば,確かに部分的には透水性の高い部分があるが,全体としてみれば,なお,国交省が,河床付近の基礎岩盤及び左岸の地下水位以深ではルジオン値が小さいと評価していることが認められ,明らかに不合理であるとまではいえない。
  121. また,証拠(乙275の1ないし3)によれば,現在のグラウチング技術指針(乙275の3㉃)は,旧グラウチング技術指針(昭和58年6月30日付け建設省河川局開発課長通達)制定後,約20年が経過し,その間に数多くの施行データや知見が蓄積される一方,複雑な地質を有する基礎地盤を対象とする工事が増えたことから,平成15年に,ダムの安全性を損なわないことを前提に改訂されたものであること,被告らは,この新指針に基づき,ダムサイトの牲質性状に応じて改良目標値及び改良範囲を設定することにより,八ッ場ダムの基礎地盤等において遽水性が不足する箇所の対策は可能であると判断していることが認められる。
  122. そして,この点に関し,原告らは,新基準はダム建設費大幅見直しの時期に作成された,国交省によるお手盛り基準であると主張するが,原告らの主張は新基準について,具体的な事実に基づき,不合理な点を指摘するものではなく,採用することはできない。
  123. c熱水変質について
  124. 原告らは,八ッ場ダムのダムサイトは,熱水変質帯が広く分布する地域であり,ダム軸の基礎岩盤も熱水変質帯に位置しているが,熱水変質帯に属する岩盤は,風化・劣化していて強度が低下しており,ダムサイトの基礎岩盤とすれば不適当であり,また,仮に現在熱水変質が及んでいないか若しくはその強度低下が僅かであったとしても,熱水変質は進行するものであり,ダムが完成した後の水位の著しい変動によって,岩石の変質は加速するから,このような熱水変質帯が広く分布する場所にダムを建設すること自体が誤りであると主張する。
  125. 証拠(甲Dl)及び弁論の全趣旨に拠れば,「H14ダムサイト地質解析業務報告書」において,ダム基礎岩盤の安全性に関して着目すべき熱水変質は,ダムサイト右岸,上流部など広い変質帯の中心部に分布していると判断されていることが認められる。
  126. しかし,証拠(乙275の1ないし3,乙372の1)によると,その後の地質調査により,熱水変質によるCL.CM級岩盤は,ダムサイト付近ではほとんど分布がみられず,ダムサイト近傍の熱水変質帯の先端部分は強度低下が生じていないか若しくは極めて僅かであるといえ,従来想定されていたよりも良好な岩盤であると判断されていることが認められる。
  127. そうすると,原告らが主張するように,ダムサイトにおいて,熱水変質帯が広く分布するとまでは認めることはできない。
  128. また,原告らは,ダム完成後の湛水により,熱水変質帯の変質作用が加速すると主張するが,被告らは,ダムの基礎岩盤は,グラウチングにより速水性が向上することから,地下水の移動は抑制され、未変質の箇所が変質帯に変化し拡大することは考え難いと判断しており(乙372の1,乙400の1),この判断にも合理性がないとはいえず,原告らの主張を直ちに採用することはできない。
  129. d断層の存在について
  130. 原告らは,八ッ場ダムのダムサイト周辺には,この地域で最も大きな親断層が存在し,それがダム軸の右袖部を通過しているか,少なくともその直近を通っており,その親断層の活動に伴って生じた子や孫に当たる断層がダムサイト周辺に密に分布し,基礎地盤のせん断抵抗力を極めて脆弱にしていると主張する。
  131. まず,原告らが主張するような断層の有無を検討するに,証拠(甲Dl)によれば,「H14ダムサイト地質解析業務報告書」では,右岸高標高部の小規模な断層が数カ所認められるが,地質学的及び工学的に際だった断層は認められず,原告らの指摘する群馬県表層地質図(甲D5の2)によっても,その記載は広範囲を対象とした大まかなものであり,原告らの主張する親断層に当たるとまでは認めることができず,原告らの主張する親断層が,八ッ場ダムのダム軸に交差するか,あるいは少なくともダムの安定性に影管するような近距離を通過することが明らかであるとも認めることはできない。
  132. 昭和45年1月に株式会社応用地質調査事務所が作成した利根川水系吾妻川八ッ場ダム・ダムサイト地表地質調査報告書(甲D17)においては,ダムサイトの下流の2本の断層の存在が指摘されてはいるものの,結論としては,ダム建設に大きな問題となるものは認められなかったとするものである上,証拠(乙275の1ないし3)によれば,昭和45年当時は,露頭観察(地表に現れている部分の観察)から河床を横断するような断層破砕帯を想定していたが,その後のボーリング及び調査横坑による調査の結果,露頭の脆弱部は八ッ場安山岩類とデイサイト貴人岩体の境界付近にあり,その境界は密着していることが判明し,脆弱部は存在しないことが確認されていることが認められる。
  133. さらに,原告らは,昭和45年1月に株式会社応用地質調査事務所が作成した利根川水系吾妻川八ッ場ダム・ダムサイト地表地質調査報告書(甲D17)の図面における2本の断層の中間にある断崖その断崖と貴人岩脈を結んだ線状に親断層がある可能性が十分に考えられるとする(甲D19)が,原告らの主張する大きな断層の露頭は,ダムサイトから離れた下流に存在しているのであって(甲D18),可能性を指摘するに止まる。そして,この断層がダムの堤体の右袖を通過していると認めるに足りる証拠はない。
  134. また,原告らは,低角度割れ目は岩盤を分断し,ブロック化させていると主張する。しかし,調査の結果,八ッ場安山岩類に見られる低角度割れ目は,ダム基礎として留意する必要があるような粘土を挟む割れ目とは性状が異なり,概ね密着した割れ目となっている(乙275の2,図18及び19参照)。また,この低角度割れ目については,調査横坑では最大でも10メートル程度は連続するがその後はとぎれることを確認しており,岩盤を分断しブロック化させるような割れ目ではないことが判明している(乙275の1ないし3)。
  135. e以上検討したところによれば,原告らの主張するようなダムサイト
  136. の安全性に間遠があることが明らかであるとは認められない。
  137. ()貯水池周辺の地すべりについて
  138. a国交省の検討,対応状況について
  139. 証拠(甲Dlないし甲D9,乙277の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,国交省は,八ッ場ダムの貯水池周辺の地すべりの検討に当たり,平成8年度から平成12年度までの間,八ッ場ダム貯水池周辺地盤安定検討委員会を設けて,地すべりの専門家の助言を受けながら,貯水池周辺全体を対象に,文献資料等を収集し,地すべりの可能性があり,かつ,湛水の影響を受ける箇所として22箇所を抽出し,これらについて現地調査を行うとともに,各箇所の既存の調査データの収集・整理を併せて行い,その結果に基づき,当該箇所の地すべりの可能性が高く精査が必要な箇所として5箇所(川原畑地区二社平,横壁地区白岩択,林地区久森2箇所,林地区勝沼)に分類し,その後,林地区勝沼を2箇所に分類したこと,その合計6箇所につき,詳細踏査,ボーリング調査,動態観測等を実施し,地すべり地形の有無,地すべり面の有無及び地すべり両の深度,地すべり規模の特定を行った。その上で,地すべり対策の必要性を検討したところ,林地区久森の1箇所は想定していたような地すべり地ではなく,また,林地区久森のもう1箇所と横壁地区白岩沢は,地すべり地であっても地すべりの影響範囲に保全対象物がなく,貯水容量への影響が少ないことから,これら3箇所は地すべり対策は必要ないと判断し,川原畑地区二社平と林地区勝沼2箇所の3箇所は,地すべり地であり,湛水による影響を考慮した地すべり土塊の安定計算を行ったところ不安定との結果となり,かつ,地すべりの影響範囲には保全対象物があることから,地すべり対策が必要とされたこと,そして,国交省は,貯水池周辺の保全対象物の規模や位置が平成12年度までの検討で想定していた計画と変わってきていることから,ダム完成後の湛水に当たり万全を期すため,貯水池全域の斜面を対象に地すべり対策を再検討して修正することを予定しているが,技術的に十分対応可能であると判断していることが認められる(乙277の1ないし4)。
  140. これらの事情からすると,国交省は,地すべりの可能性について一定の調査に基づき,判断を行っており,今後も調査をし,対応することが可能であるといえるのであるから,現時点で,八ッ場ダムについて地すべりの危険性があるというためには,国交省の判断が不合理であり,今後の対応によっても地すべりの発生する可能牲がある箇所で,地すべりの発生を防止するために必要な対策工事を行うことが不可能であるか,そのような対策工事を行わないことが確定している(地すべりの危険を放置している)ような場合に限られるというべきである。
  141. このような観点から,原告らの主張を検討する。
  142. b川原畑地区二社平について
  143. 原告らは,要するに,川原畑地区二社平の地すべり面について,国土交通省が設定した推定地すべり土塊の範囲は意図的に狭く設定したもので,実際はそれよりも大きく拡がっていること及び地すべり対策について,安易な押さえ盛土工で固めても,地すべりの抑制や巨岩・巨礫の崩壊を止めることはできず,したがって,地すべり対策が不十分であることなどから安全件の確保ができていないと主張する。しかしながら,証拠(乙277の1ないし4,乙374の1ないし2)によれば,推定地すべり土塊は,八ッ場ダム貯水池周辺地盤安定検討委員会の意見等を参考にして,ポーリング調査の分析結果を基に設定されたものである上,その後,広範囲に地すべり面が存在するか否かを確認するため,平成19年度から推定地すべり土塊の西側で表土剥調査等が実施された際,広範囲で岩盤のゆるみはあるものの明瞭な地すべり面は推定地すべり土塊までであると判断されていることが認められることからすると,国交省は,一定の調査の上,地すべり面の範囲について判断しているものと認められる。この点について,原告らは,ボーリングで空洞が発見されていること,地すべりが生じていることの判断の目安となる滑落崖やその直下の分離丘が含まれていないことが不合理であることなどを指摘するが,これらの主張にも一定の合理性はあるものの,地すべり面の範囲について可能性を指摘するにとどまり,国交省の前記判断が不合理であるとまではいえない。
  144. 加えて,証拠(乙277の1ないし4)によれば,押え盛土工は,地すべりの末端部に盛土を施工して末端部の抵抗を付加し,地すべり地全体の安定化を図るもので,土の重畳バランスで安定させるため,地すべりを抑制する確実な工法であり,採削土を利用できるなどの利点があること,盛土は湛水により水没することから,当然その浮力の影響を考慮しても不安定とならない盛土量が設定されるといえるところ,八ッ場ダムについては,現地で盛土材が確保でき,かつ盛土を施行する場所も確保できることから,安全牲・経済性・施工性などの観点から総合的に判断し,地すべり対策が必要とされた3箇所はいずれも対策工として押え盛土工を選択したこと,国交省は,今後,局所的に不安定な箇所があった場合は,押え盛土工と併せ排土工などの対策工を施すことにより,対応するとしていることが認められる。
  145. 以上によると,国交省は安全性を踏まえて総合的に押え盛土工を行うことと,今後の対策として排土工等の対策を検討しているというのであるから,これをもって地すべりの危険について技術的に十分対応可能であるとの被告らの判断が不合理であるとはいえない。
  146. c林勝沼地区について
  147. 原告らは,林地区勝沼には,幅,奥行きが約400メートルの大きな地すべり域があるのに,国交省は,上流部と下流部の小さな地すべりだけを想定した対策工事を予定し,大きな地すべりの危険を放置していると主張する。
  148. 証拠(甲D9)及び弁論の全趣旨によれば,確かに,平成2年当時に,国道145号及びJR吾妻線の変位測量結果で,変位が生じたことから,幅400m・奥行き400m・厚さ80mにも及ぶ大きな地すべりが存在すると考えられ,調査が行われたことが認められる。
  149. しかし,この点につき,「H12貯水池周辺斜面安定対策検討業務報告書」において,国土技術研究センターは,林勝沼地区について,硬質な溶岩が分布しており,深部まで地すべり面となり得る弱層が認められなかったため,厚さ80mに至る深い地すべりはなく,他にすべり面として考えられる応桑岩層流堆積層について調査したところ,応桑岩屑涜堆積層に緩みははとんどなく目立った地すべり面が認められず,応柔岩層流堆積層の下面が起伏に富んでいることからすると,大きな地すべり面は無いと判断したことが認められる(甲D9)。
  150. また,国交省が,平成12年度まで調査の結果,林地区勝沼の地すべり地の3つのブロックのうち中央の大きなブロックについては,地すべり面が確認されておらず,河岸近くの林層に堅硬な熔岩が深部まで連続して分布し,この林層を切って地すべり面が形成されるとは考えにくいため,滑動する可能牲は極めて小さいこと,上流側と下流側の2つのブロックについては,応桑岩層流堆積物の下の林層内部に変質した弱層があることが確認されており,これが過去に地すべりを起こしたものと考えられているが,傾斜計による動態観測では,変位の累積傾向はみられず,これら2箇所の地すべりブロックは,いずれも現状では滑動中ではないと判断したことが認められる(乙277の1ないし4)。
  151. これらの事情によると,国交省が,林地区勝沼について,大きな地すべりがないと判断したことが不合理であるとする明らかな事情があるとはいえない。また,今後も地すべり対策を再検討して修正を加えることを予定していることからしても,同省が大きな地すべり面があるか否かについて放置しているとはいえない。
  152. d横壁地区白岩沢について
  153. 原告らは,国交省は7つに分割したブロックのうち,白岩沢右岸の吾妻川寄りの1つは湛水により不安定化するとみており,同ブロックが地すべりを起こせば,その崩壊が上流側や山側の他のブロックに連鎖するおそれがあるのに,それが放置されていると主張する。
  154. しかしながら,証拠(乙277の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,国交省は,平成12年度までに,詳細踏査,ポーリング調査及び動態調査を実施した結果,地すべり地が7つのブロックに分割され,このうち2つは推定される地すべり土塊の全てが貯水池の常時満水位より高い位置にあり,湛水の影響を受けず,残りの5ブロックについて湛水の影響を考慮した地すべり土塊の安定計算を行ったところ,そのうち1つのブロックは不安定との結果となったが,同ブロックの地すべり土塊は全てが湛水区域内にあって地すべりによる貯水池への影響が軽微であり,貯水池周辺の保全対象物へは影響が及ばないことから,地すべり対策の必要性はないと判断したが,ダム完成後の湛水に当たり万全を期すために再検討を行い,今後も実施される地すべり調査などにより地すべり対策に修正を加えることを予定していることが認められる。
  155. そうすると,国土交通省が,横壁地区白岩沢において,地すべりの危険を放置しているとはいえない。
  156. c横壁地区西久保について
  157. 原告らは,国交省が,横壁地区西久保の地層に堆積する林層が変質して土砂化あるいは粘土化しているとの認識を有していたにもかかわらず,平成10年に横壁地区西久保の地すべり調査の対象区域に含まれる同地区小倉で発生した地すべりを予測できず,その後地すべり部分では対策を講じたもののその上下流では放置していると主張する。
  158. しかしながら,証拠(乙277の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,国交省は,上記地すべり発生後,横壁地区西久保を,湛水により地すべりの可能性があり精査が必要な箇所に加えた上,その後,同地区/ト倉の地すべり地に,恒久対策として貯水池完成後の湛水による影響も考慮した地すべり対策が既に実施されていること,今後,試
  159. 験湛水時に斜面の安定性を再確認することとしているほか,今後も地すべり調査などにより地すべり対策に修正を加えることを予定していることが認められる。そうすると,国土交通省が横墜地区西久保において地すべりの危険を放置していると評価することはできない。
  160. f以上検討したところによれば,原告らの主張するような地すべりの危険性があることが明らかであるとは認められない。
  161. (ウ)小括
  162. 以上のはか,原告らは,八ッ場ダムの危険性につき種々の主張をするが,いずれも,八ッ場ダムの建設に関する基本計画あるいはこれらに基づき建設される八ッ場ダムそれ自体の礪庇が重大かつ明白であって,八ッ場ダムの建設に関する基本計画が無効であるなどの特段の事情を認めるに足りない。
  163. よって,八ッ場ダムには危険性がある旨の原告らの主張は理由がないことになる。
  164. エ中和生成物の八ッ場ダムへの影響及び環境への影響について
  165. 原告らは,八ッ場ダムの危険牲とは別に,晶木ダムの中和生成物の堆積がまもなく飽和状態に達しようとしており,仮に晶木ダムが飽和状態になった場合は,それに代わる中和ダムである八ッ場ダムについて,計画以上の中和生成物の沈殿が起こることとなり,八ッ場ダムは短期間で治水・利水の効果を失う旨主張する。
  166. しかし,証拠(乙275の1ないし2)及び弁論の全趣旨によると,品木ダムについては,浚渫船による浚渫工事が行われ貯水池内の堆積物量の低減が図られていることが認められる。この事実によると,品木ダムが中和ダムとしての機能を失うとは認められず,八ッ場ダムが中和生成物の堆積により短期間で治水・利水の効果を失うとは認められない。よって,原告らの主張は採用できない。原告らは,その他に,本件事業が,条理法上の環境評価義務,生物の多様性に関する条約及び絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律に抵触し違法であるから,このような事業のために支出することは,地自法2条16項に反し許されない旨主張する。
  167. ところで,地自法2条16項は,地方公共団体は,法令に反してその事務を処理してはならない旨定めているものである。しかし,本件事業自体は,千葉県の事務とはいえないし,本件において,千葉県知事の支出命令等自体が,環境影響評価義務等に違反するとみることは困難である。確かに,原告らの主張するように,環境保全は考慮すべき重要な要素であるといえ,公共事業を行うに当たっても,適正な環境影響評価がされることが望ましいといえる。しかし,前述したように,本件においては,被告知事の支出命令等自体に環境影響評価義務等の違反があると考えるのは困難であり,たとえ,八ッ場ダム事業に環境影響評価義務等に違反があったとしても,その場合における被告知事の支出命令等の是非は,政策上の問題にとどまるといえる。
  168. したがって,この点に関する原告らの主張は,その内容について検討するまでもなく,その前提において失当といわざるを得ない。
  169. 以上のほか,原告らは,水質問題及び建設予定地周辺住民に与える影響等につき種々の主張をするが,いずれも八ッ場ダムの建設に関する基本計画あるいはこれらに基づき建設される八ッ場ダムそれ自体の瑕疵が重大かつ明白であって,八ッ場ダムの建設に関する基本計画が無効であるなどの特段の事情を認めるに足りない。
  170. オ受益者負担金に関するまとめ原告らは,その他にも,受益者負担金の支出が違法であるとして,種々の主張をするが,いずれも前記ア記載の特段の事情の存在を認めるには足りず,したがって,国土交通大臣のする建設事業負担金の通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し難い堀庇の存する場合に当たるとまではいえないから,被告知事は,上記通知を尊重しその内容に応じた財務会計法規上の措置を執るべき法律上の義務があり,これを拒むことは許されない。したがって,千集県知事がする支出等がその職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされる違法なものということはできない。
  171. 水特法負担金及び基金負担金について
  172. 原告らは,水特法負担金及び基金負担金の支出等の違法性として,千葉県が八ッ場ダムにより利水上も治水上も利益を受けないにもかかわらず,負担金の支出を内容とする合意をすることは,公序良俗に反し(民法90条),又は千葉県にとって不必要な事業であることを当事者双方が認識した上でした心理留保(同法93条)に基づくものであって無効である,あるいは,本件水特法経費負担協定及び本件基金経費負担協定が許容している毎年度の協議拒否権を行使しないまま浸然と負担金を支出することは違法であると主張する。
  173. しかし,千葉県水道局長及び千乗県企業庁長による八ッ場ダムによる水源の確保が千葉県にとって必要であるとの判断が,未だ合理的な裁畳の範囲を逸脱して違法であるとまではいえないことは前記(1)イ,ウ記載のとおりであり,その他に,千葉県が八ッ場ダムによる利水上の利益を受けないと認めるに足りる証拠はない。
  174. また,前記(2)イ記載のとおり,千葉県が八ッ場ダムによる治水上の利益を受けることがないとはいえない。
  175. よって,原告らの主張は採用できず,水特法負担金及び基金負担金の支出等が違法であるとは,認められない。


第4結論

以上によれば,本件訴えのうち,被告水道局長及び被告企業庁長が八ッ場ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認を求める部分,被告知事に建設費負担金の支出を補助するために行う一般会計繰出金の支出の差止めを求める部分,被告水道局長及び被告企業局長らに対し本件口頭弁論終結日である平成21年6月23日までにされた建設費負担金等の支出の差止めを求める部分並びに被告知事に対し同日までにされた受益者負担金の支出の差止めを求める部分については却下し,原告らのその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。


千葉地方裁判所民事第3部

裁判長裁判官堀内明


裁判官花村良一


裁判官三田村つかさ